アトランティスの学生1-3〝確認〟
後から変えられるようなら、サブタイトルとか弄るかもしれません(弄れました)。
◇
立てば芍薬。座れば牡丹。歩く姿は百合の花。
朝月が幼い頃、子守歌を知らない父親がベッドで色々な日本語を語り聞かせてくれた。その中には女性を尊ぶ言葉も多く、今でも耳に残っている。
歩く姿は少ししか見ていないが、正に読んで字の如く大和撫子が目の前に座って居る。その感動に、朝月は打ち震えていた。
グッバイ駅員のお姉さん。嘘吐いてゴメンナサイ……。
「あ、あの……。本当に大丈夫ですか……?」
こちらの双眸を覗き込んでくる小さな顔に目を向け、続けて身体全体を見遣った。
小さな身体だった。この子の頭一つ分くらいは、朝月の方が大きいだろう。
朝月とは違って、日本人らしい黒の長髪に黒い瞳。昔、自前で黒曜石の発掘に成功したことがある。それを目の前で加工してもらったが――この子の黒は、それと同じ黒。原石では無く、ヒトの手が加わることによって精練された美しさ。
夜空を星の針で編み込んだかのような髪と、深い海に映し出された満月を思わせる双眸。
そして――初雪に晒した陶器のような肌に、邪気を感じさせない桃の如く瑞々しい唇。
「……――君は、ともて魅力的だと思います」と、いつもの調子で朝月は感想を述べた。胸中に浮かんでは消える泡沫の賛美を、そのまま口に出して。
「……は……、え……?」
朝月の正面では、百合の花が見事な薔薇の花に咲き変わっていた。
そんな様子を見て、照れた表情も素敵だなぁ……――と考えながら、朝月はアッサリと話題を変えた。
「そう言えば、同い年……? だよね? 今更ながら、敬語じゃなくてもいいかなー……なんて、思ったりするんだけど……」
今では爪の先まで赤くなった両手で顔を隠して俯くルームメートを他所に、朝月は自分のペースを崩すことなく続ける。
「……どうかなぁ……。あと、友達になれたらなぁ……って思ったり……」
年上ばかりの環境で、朝月には同世代の友達が存在した経験は無い。
日本では今でも現実としての学校が根強く残っていると聞いているが、世界の多くではバーチャル・スクールが主流に成り替わりつつある。授業も個人単位で行われるため、昔と比べてヒトとヒトとの接点が無くなってきているのが現状だ。
だからこそ、朝月は決めていた。この機会に、友達百人作りたい……――と。
レッツフレンドリー……!
表の顔では笑っていても、裏では心臓がバクバクと破裂しそうだった。
そして――ようやく薄紅の桜色まで落ち着いた対面の口から、
「はい……じゃなくて、うん。同じ新入生だもんね……? 友達になってくれると、僕も嬉しいなぁ……なんて」
その言葉を聞いた瞬間、朝月は諸手を挙げて勝ち誇った。誰に、かは分からない。妹に、もしくは神様に。
「ありがとう! 君みたいな美しい女性と友達になれるなんて、光栄だ! ボクの名前は朝日向朝月。言ったかもしれないけど、改めて自己紹介させてほしい」
「朝日向、朝月……。うん、覚えた」と少し恥ずかしそうに小首を傾げるのが、また更に可愛かった。
「僕の名前は、五月女さつきって……えっと、言います」
「さおとめさつき……。どんな字を書くんだ?」
「えっと……」
さつきが膝上から持ち上げたのは、金糸の刺繍が花を咲かせた白地のクラッチバッグ。小さな両手には不釣り合いに思わなくもない大きさだが、その値段は大きさでは計り知れないほど高価なものだろう。流石は、アトラス・ドージェ異世界学校の一期生として入学を許された人間だ。その出身も、窺い知れるというもの。
さつきがバッグから取り出したのは、和紙のメモ帳に花弁が舞う黒塗りの万年筆。身に着けているようには見えない端末を取り出すと思っていた朝月は、古風な筆記用具の登場に少々面食らってしまった。
そんな朝月の表情に気付くことなく、さつきは和紙の上でペン先を滑らせる。
「はい、出来ました。……あ、じゃなくって……。で、出来た……よ?」
慌てて『ました』を訂正しながら差し出された一枚の和紙を受け取る。
もしかしたら、さつきは敬語で話すのが癖になっているのかもしれない。それなら悪いことを言ってしまったかもしれないと思いつつ、それでこそ大和撫子だよなぁ……――と朝月は東洋の美を心の中で噛み締めた。
手触りの良い和紙には『五月女 四月朔日』と書かれていた。
「名前まで……。ああ、主よ感謝します。大和撫子を創り給うたアナタは、正に神です」
アーメン……――と、朝月は遂に十字を切った。
そして、
「それにしても、日本語って不思議っていうか変だよな。これでさおとめさつき、かぁ」
割と直ぐ素に戻った。
さつきも朝月のペースに慣れてきたのか、僅かに苦笑を浮かべる。
「でも、さおとめさつきって日本人女性らしい響きっていうか。凄く似合ってるよ」
「……あ、あの……」
「ん?」
朝月の言葉を受けて、さつきは緊張感を孕ませる声を上げた。
「あの……僕、男……なん、だ……」
俯きながら、声まで震わせるさつきに対して――朝月は、呆気ない様子で返した。
「ああ、うん。つまりレズってこと? ボク、ずっと海外で暮らしてたから気にしないよ」
LGBTQ。
レズビアン。ゲイ。バイセクシャル。トランスジェンダー。クエスチョニング。
セクシャル・マイノリティは、最早少数派とは思えないほど世界に浸透している。日本の現状は朝月には分からないが、父親の仕事仲間の半数はゲイだったりバイだったり色々な人種が存在した。
「もしかして、トランスジェンダー? だったら、不謹慎なこと言って申し訳ない。遅くなったかもしれないが、謝罪させてほしい」
頭を下げる朝月に、さつきの方が呆気に取られていた。
「……そ、そうじゃなくって……。せ、生物学的に……っ、男なの……っ!」
「ニューハーフ?」
「ちっ、違うよ……っ」
目尻に涙を浮かべながら必死に言葉を重ねるさつきを眺めながら、ボクの友達が可愛い……――とか全く別のことを考えていたら嫌われるだろうことは朝月にも分かったので、流石に口には出さなかった。
「……――だから、普通に男なんだよ……っ」
会って間もない関係だけど、朝月はさつきの心の叫びを聞いた気がした。その半分以上を聞き流していたなんてことは言えない。
「うん。分かった。とりあえず、そういうことで。この話は、もういいかな? あ、あとシャワーは先が良いよね?」
「全然分かってないよねっ?」
段々と、さつきの素が出てきたような気がする。
「それにシャ……シャワーって……。ぼ、僕は男なんだよ……?」
「いや、だって。アトランティスまで、この列車で三日だよ? 流石に、それは……ねぇ。どうかと思うなぁ」
「あ……っ。ち、違うんです違います別にそんなこと考えてないです……っ! ホントに全く考えてないですから……っ」と頬を紅潮させながら、敬語に戻ったさつきが否定する。
「あー、うん。別に良いと思うよ。十やそこらでヤってる奴はヤってるんだし」
「違うんですホントに違うんですそんなこと一切考えてないんですっ!」
『そんなこと』って言ってる時点で墓穴掘ってることに気付いていない。その上、声に勢いが付いてきた。
このままだと変な方向に暴走しそうだなぁ……――と、七歳の頃から飲兵衛の大人達に付き合ってきた朝月の警鐘が鳴る。
「――……わ、分かった……。だ、だったら……証拠を見せる……」
「……証拠?」
嫌な予感しかしない。
「……ぬ、脱いで証明する……っ!」
嫌な予感が的中した。
「……いや、分かったから。分かってるから。髪が長くてサラサラでも、小顔な顔立ちがキュートでも――さつきは男なんだよね。分かってるから。大丈夫だから」
「全然分かってないぃ……っ!」
「え? あれ? ボク、何か間違った?」
称讃と肯定を交えたはずなのに逆上されてしまった。
結局、列車が発車した日の夜――全室がスイートルームの言葉に頷かざるを得ないほど広いシャワールームに、さつきと二人で入る破目になった。
さつきには可愛らしいモノが付いてはいたが、ボクがゲイやバイだったらどうしたのか……――と考えずにはいられない朝月だった。
さつきくんの誕生日は4月1日です。
四月一日で有名ですね。『さつき』の他にも『つぼみ』と読めます。