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戦国草子異聞奇譚  作者: BRACHIUM
奇譚編 第一章
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20.再会(上)

勧進坊の発言に松五郎は目を見開き、慌てて歓喜の声に沸く河原へと向かって走り出した。


「引率者同道で死人が出たなんて、洒落になんねーぞ」


喜びの声を上げてはしゃぎ回る川下の陣の子供等とは対照的に、完敗を喫して項垂れたまま立ち尽くす川上の陣の子供らを掻き分けて、仰向けに横たわったまま動かないガキ大将に駆け寄ると、松五郎はガキ大将の頬を軽く叩きながら呼びかけた。


「おい、大丈夫か?! 返事をしろ! おいっ!!」


松五郎が、呼びかけながらガキ大将の口元へ耳をそばだててみるも、その口元から呼吸の音は聞こえて来なかった。


「ヤバい――ダメだ、息をしてない!! おい、マユゲ! 起きろ! 息をしろっ!!」


最悪の事態になったと、慌てふためき取り乱す松五郎。名前を呼びかけようにも、当人の名を知らない。緊急的に見た目の特徴で代用するも、その激しく存在感を主張する眉毛は微動だにする事は無かった。


「誰か、このマユゲの名を知っている奴は居ないのか?!」


松五郎が周りの人だかりに問いかけた。すると子供等の中の一人が、


「――崇福寺の……彦六殿に御座います」


血の気の引いた顔で、おずおずと答えた。


「彦六か。聞こえているか、彦六! 聞こえていたら、息をしろ!! おい、マユゲ! 起きろっ!!」


松五郎が名を呼んでも、頬を叩いても、極太の眉毛を摘まんでみても反応は微塵も無かった。焦燥に駆られる松五郎の心情とは裏腹に、無情にも時は過ぎて行く。このままでは幼き命の灯火が消えゆく様を、無力感に苛まれながら見届ける他無いのかと、松五郎は天を仰いだ。


「どれ、慌てる程の事には御座らん」


松五郎とは対照的に、落ち着き払った声音で松五郎に声を掛けたのは、五左衛門だった。松五郎から遅れてやって来た五左衛門は徐に屈んで、蒼白な顔をした仰向けの彦六を、肩口から引き上げるようにして半身を起こすと、片腕を後ろ手に組み上げた姿勢を取らせた。


「松五郎殿は、この童の脚を動かぬように抑えてくだされ」


五左衛門はそう言って、松五郎に助力を求めた。


「え? あ、あぁ。――こ、こういうこと??」


松五郎は五左衛門の声で我に返ると、言われるままに彦六の両脚を揃え、そのまま彦六の向う脛へ座り込むようにして抑え付けた。


「左様、上出来に御座る。では――――むん!!」


と気合を入れながら、五左衛門は彦六の背中に己の拳を押し込んだ。


「ぐはっ!! ぐぉえっ――」


肺臓に詰まっていたであろう空気の塊と胃袋の内容物を吐き出して嘔吐えづくと、彦六は蒼白であった顔面に血の気を戻した。


「うべっ!! やりやがったな、このクソガキっ――!」


空気の塊と一緒に彦六が吐き出した吐瀉物を真正面から浴びた松五郎は、反射的に彦六の頭をはたいてしまった。


「痛って!!」


叩かれた彦六は、自分の身に何が起こったのか全く状況を飲み込めていないと言った様子で、目を白黒させていた。


「一時は、どうなる事かと思ったけど、助かって本当に良かった。五左衛門さん、ありがとうございます。それにしても、一瞬で意識を戻させるなんて――」


と、松五郎は胸を撫でおろしながら五左衛門の処置に感嘆の声を上げた。


「松五郎殿の兵法を見せていただいた礼とでも申そうか。これもまた兵法の一つ、活法に御座る」


五左衛門は、意識を取り戻した彦六の背を軽く擦りながら、照れ臭そうに言った。


「平方? 割烹?」


聞き慣れない単語を耳にして、今度は松五郎が目を白黒させた。


「左様、兵法に御座る。大まかに申せば、戦の仕方とでも申そうか。それにまつわるものも含めて兵法と申すべきか。松五郎殿が指南されたつわものの用い方である軍法も兵法。相手を制する為の剣や槍といった得物の用い方である殺法も兵法。そして、負傷した者を戦場に戻す為の治癒法である活法、これもまた兵法に御座る」


五左衛門の講釈を受けて、「ふぅ~ん」と分かったような解らなかったような顔をしながらも、松五郎は五左衛門に深々と頭を下げて改めて礼を述べると、


「とりあえず、他にも怪我をしている子供達が居るようなので寺まで連れて行きます」


そう言ってトンチンカンの三小僧に声を掛けて、常在寺へ引き上げの準備を始めた。すると、


「流石に、手数が足りますまい」


五左衛門はそう言って泣きぐずる子供達を軽々と両肩に担ぎ上げ、松五郎の後をゆるりと歩き出した。


「御手を煩わせて、申し訳ない」


「いやいや、これも何かの縁に御座ろう。礼には及ばぬというもの」


松五郎の謝意に五左衛門は笑顔で応じた。


十数名の子供を連れて常在寺へと歩み出す。その姿は宛ら子供の遠足風景だ。脚に傷を負った子供を背負った松五郎を先頭に、トンチンカンの三小僧が続き、そこに彦六と負傷した川上の陣の子供等が続く。そして最後尾には、両腕に子供を抱え上げた五左衛門が隊列を見守る様に同道した。


三途の川の手前から強引に連れ戻された彦六はというと、河原合戦最中の威勢はどこへやら。既にトンチンカンの三小僧と肩を並べて歩いていた。勝敗が決した後には遺恨を残さぬという河原合戦の法度の為か、はたまた単に子供らしさの表れなのか。


「――これまで幾つもの陣を叩き伏せて来た。しかし、此度こたびの合戦では俺の槍術は全く歯が立たなかった。口惜しいが……完敗だ」


トンチンカンの三小僧と並んで歩くと頭一つ飛び出る彦六がしおらしく言うと、


「『最強こまんど』は最強なのである!」


胸を張って誇らしげに鎮護坊が返した。


「最強は良しとして、『こまんど』とは如何なるものか?」


真顔で彦六が鎮護坊に問うと、


「あー、それはだな。あれだ、……秘密の奥義ゆえ、門外不出の秘事なのだ。だから、おいそれと口に出してはならぬのだ」


鎮護坊はそううそぶいて、ちらりと助けを求める視線を勧進坊へと向けた。


「――え? えぇっ?! そ、そうなのですか? 師匠、門外不出なのですか?――痛たっ!!」


鎮護坊の嘯きを台無しにする勧進坊の発言に、鎮護坊が勧進坊の後頭部を小突いた。


「ん? いや、別に門外不出とかそんな代物じゃないよ。彦六達の陣を偵察して、それを攻略する為に考えたものだから、何処の陣に対してもあの動きで勝てるというものではないだろう。さっき聞いた話だけど、五左衛門さんが言うにはこういうのを『へいほう』とか言うらしい。俺は単に、みんなでこういう風に動きなさいよ、という動き方とその流れを『最強コマンド』と名付けただけだ」


松五郎はそう言いながら、背負った子供を軽く揺すると、ずり落ちてくる子供を背負い直した。


「うーむ。な、なるほど……」


彦六は、分かったような解らなかったような返事をして、極太の眉を八の字に歪めた。


「お主等の事は、御師匠様が徹底的に調べ尽くした。故に、我らの陣が今後お主等に負けることは有り得ぬのだ。はっはっは!!」


自信満々の表情で惇厚坊が言うと、


「それこそ、有り得ない話だぞ。こっちの手の内は、もう全部晒しちまったんだ。対抗手段を講じられたら、今度はこっちが手も足も出せない事に成りかねないだろうが。明日は我が身だろうに」


松五郎はそう言って惇厚坊を窘めた。すると、


「あいや、御師匠様の言うは道理なれど、俺には『最強こまんど』の攻略法が見出せませぬ」


彦六はそう言って、松五郎に助言を求めた。


「いやいや、俺はお前の師匠じゃ無いし。そもそも、攻略難易度を下げるのが最強コマンドなのに、それの攻略の仕方を教えろって――あべこべだな」


松五郎は呆れ顔で言うと、歩む先に目を遣った。


「あ、あいつは……」


目的地である常在寺の山門に、数人の人影を松五郎は見つけた。と同時に、その中の一人の顔を視認すると無意識に全身の表皮が強張るのを知覚した。


「探しましたよ、庄五郎さん。さぁ、――私共と帰りましょう」


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