表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国草子異聞奇譚  作者: BRACHIUM
奇譚編 第一章
72/81

11. 追跡者(中)


 「おやおや、そんなに恐ろしい顔をするものではりませんよ。こちらの問いに素直に答えれば良いものを、強情にも預かり知らぬ事などと口を閉ざすものですから、ほんの少し御仕置きをしただけの事ではないですか」


作兵衛は薄気味悪い温容な表情のまま、起伏の少ない声音で言った。


「他人の命を奪っておいて、仕置きだと?」


庄五郎は作兵衛の言い様に、鋭い眼光で睨み付けた。


「父様のかたき、ここで討ち果たします!」


千佐はそう言って、震える両の腕で薙刀を大上段に構えた。


「大事の前の小事ですよ。我々の大義を成すには、その程度の些細な事には構ってなどいられないのです。素直に七彩色の宝珠と器の在処をお教えいただければ良いのです。こちらも、手荒な真似等したくはないのですよ」


そう述べる作兵衛が温容な表情のまま舌嘗めずりをして見せると、作兵衛の後ろに数人の人影が現れた。


「器……だと?」


作兵衛の言に自身の知らぬ言葉があった事に気づいた庄五郎は、思わず言葉を反芻する様に発した。


「あなたも白を切る御積りですか? あなたについては十二分に調べがついております。松波左近将監の息子、峰丸。寺に居た頃は……法連坊でしたよね。妙覚寺から宝珠と共に姿を消し、奈良屋に潜んでいたんですよね。あれだけ家探ししても出てこなかったという事は、宝珠と器はあなたが所持していると見て間違いないでしょう。隠しても無駄ですよ。さぁ、早くお渡しなさい」


作兵衛の言葉に庄五郎は、懐へ左の手を宛がい思考を巡らせる。器とは何か――。自身の記憶にも、貫主の話にも出てこなかったものだ。当然の事ながら、知らぬ物に思考を巡らせたところで何の結論が得られる訳でも無かった。しかしながら、自身よりも宝珠について知っているであろう者と、その尋常ならざる執着心を眼前にして、庄五郎は己が思っていた以上に自身が危険な思惑の中に身を置いてしまっているであろう事は肌で感じ取れた。そして同時に、そんな思惑の中に周囲の者達を巻き込んでしまっている事実に気付かされる。流石に事此処に至って考えにくい事ではあるが、宝珠を渡せば己の命は別としても、千佐と巻き添えになった平八の命は助かるのであろうか、そんな思いが過り庄五郎は千佐へと視線を向けた。


「なりません! この者達は常軌を逸しています! 仮に望む物を渡したとて、私達を無事に逃す筈はありません!!」


千佐はそう言って首を横に振った。宝珠の事など何も知らされていないにもかかわらず、千佐には庄五郎の考えが手に取る様に見て取れたのであろう。


「仕方ありませんね。宝珠と器が手に入れば構いません、あとはお好きになさい」


作兵衛は唾棄する様に言い放つと同時に右手で合図を出した。すると、その合図を待ち兼ねていた様に作兵衛の背後にあった人影が動き出した。


「千佐、下がっていろ!!」


庄五郎はそう声を発すると、千佐が構えていた薙刀を奪い取り、船首の方へと千佐を下がらせて薙刀を縦に横にと振り回す。


「わ! ち、ちょっと、旦那! あんまり舟の上で暴れないでくださいよ!」


舟の中程へ後退していた平八が舟の縁へしがみつきながら声を掛けると、平八の舟の後方に船首を接舷してきた大きな船から人影が飛び移って来る。


「寄らば斬る! お前達に渡す物等、何も無い!!」


庄五郎はそう叫ぶと、平八の舟に襲い掛かる人影を一人、二人と薙刀で払い落して行く。舟に降り立った三人目を柄で湖面へ突き落し、庄五郎目掛けて襲い掛かってきた四人目を白刃で斬り捌いた。


「奈良屋と言い、松波と言い――――親子揃って往生際が悪いとは、何の因果ですかね」


色良い成果を得られぬ状況に、業を煮やした作兵衛が苛立たし気に口を開いた。


「親子揃って往生際が悪い? ――――お前が父上の敵か!!」


庄五郎は一段と鋭い眼光で船上の作兵衛を睨み付けた。


「まぁ、そういう事になりますかね。とはいえ、誤解はしないでくださいね。身元をわからなくするように指示はしましたが、顔を焼けとまでは言っていませんよ。私も僧籍にある身ですから、死者を冒涜する様な無体な事までは望みませんよ」


眉一つ動かさずに平然と言ってのける作兵衛へ、庄五郎は怒りの表情を露わにすると、


うぬも叩き斬ってくれる! かかってこい!!」


滾る殺意を剥き出しにして叫んだ。庄五郎は、父の死を貫主の口より聞かされた時には想起しなった感情が、父の敵を眼前にして一気に噴き上げる様に自身の胸中へ生まれたのを自覚した。しかし、それとは対照的に作兵衛は淡々とした口調で、


「これでは埒が明きませんね。この際、生死は問いません。槍で突き殺して、その躯から回収するとしましょう。急ぎなさい」


そう言って自身の後ろに控える人影に指示を出した。


「うわ! 舟にぶつける気か!!」


舟の縁にしがみ付いて蹲っていた平八が声を発するのと時を同じくして、平八の舟の舟尾から軋む音が聞こえてくる。作兵衛の船が速度を上げて、平八の舟の舟尾を擦りながら横付けしてきた。


「きゃあ――!!」


ぶつかった衝撃で舟が大きく揺れて、船首に掴まっていた千佐が声を出す。水面に揺れる落ち葉の様に上下に大きく舟が揺れ、庄五郎も膝を付いた。


「始めなさい!!」


横付けされた船から作兵衛が合図をすると同時に、数本の槍が船上から庄五郎に向けて突き出される。


「何をっ――――うがっ!!」


正面の二本を薙刀で払っても、更にその脇から繰り出された槍が庄五郎の肩口を撫でて行く。槍も薙刀も然して長さは変わらぬのに、上から突くのと下から払うのとでは優劣に差が出始める。


「さあ、続けなさい」


作兵衛は船上から庄五郎を見下ろすように一瞥すると、槍の持ち手達に落ち着いた声音で作業の継続を指示した。


「くっ! 段々、腕が上がらなくなってきやがった――」


船上に見える人影に切先を突き付けようと柄の端を掴んで突き出す為に、庄五郎の腕には大きな疲労が蓄積されて行き、その間も容赦無い槍の突きに晒されては、捌ききれなかった槍の切っ先が庄五郎の体のあちこちに傷を刻み付けて行く。


「だ、旦那。もうこれ以上は不味いですって!!」


庄五郎の衣服へ、時間と共に増えて行く血の滲みを見兼ねて平八が声を掛けた。


「こいつらは、最初から俺達を生きて帰す積りなんて無いんだ! やるかやられるかの二つに一つしか選択肢は無い!」


庄五郎は槍の突きを捌きながら、平八の声に答える。すると平八は、


「俺も魚の餌にされる謂われは無いんでね、勝手させて貰いますよ!」


そう言って舟尾に走ると、舟尾に取り付けられていた艪を器用に取り外して湖面から力強く引きずり上げた。


「人を舐め腐るのも大概にしやがれ!!」


気合い一閃。平八は堪った鬱憤を吐き出すかの様に叫ぶと、湖面から引き抜いた艪をそのまま槍の持ち手達目掛けて振り抜いた。槍や薙刀よりも優に長い艪の先端が弧を描き、右端で槍を構えていた人影の側頭部を華麗に打ち抜いた。打たれた人影は手にしていた槍を手から零すと、力無く湖面へと吸い込まれる様に落ちて行った。


「船頭如きが余計な真似を」


作兵衛はそう呟いて、平八に忌々し気な視線を向けた。


「旦那、こっから先は俺に任せてくださいよ!」


平八はそう言って二度三度と先程と同じように艪を振り回して槍の持ち手を牽制すると、横付けしてきた船の船腹に艪を付き当てて器用に自身の舟の向きを変えた。


「追い付けるもんなら、付いて来な!!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ