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戦国草子異聞奇譚  作者: BRACHIUM
異聞編 第一章
6/81

6.NO!!と言える日本人

 今の状況に満足してはいないが、不足は無い。

 今の状況に不満はあっても、不自由は無い。


 毎朝決まった時間に起床し、同じ電車に乗り、同じ通りを抜けて、変り映えの無い面子と机を並べる。

 そんな生活に満足してはいないが、不足は無い。

 モーレツ世代の時代錯誤な上司に、嫌味特盛な御局様。そして飲み会という名の説教地獄。

 そんな日常に不満はあっても、不自由は無い。


 あの場所に戻りたいかと問われれば、どうだろう。

 あの場所に戻れないと聞かされたら、どうだろう。


 ただ漫然と自問し、答えに窮する。


 根拠の無い郷愁からなのか、ここに在るべきで無いという異物感からなのか、半兵衛の言葉に文殊丸の足が止まった。


「キミがここに来たのは偶然じゃない。必然だよ」


そう言いながら立ち上がり、先を行った文殊丸の歩みを辿るように、半兵衛は歩き出した。


「キミは、望まれてこの地へ産み落とされた」


半兵衛の言葉に、文殊丸は思わず振り返った。


「キミは、ボクの望みでここへ辿りついた」


そう文殊丸の耳元へ囁き、半兵衛は振り返った文殊丸の横を通り過ぎ、


「キミは、ボクと共に成すべき事がある」


半兵衛はそう言って、疾風の額を撫でながら文殊丸を見た。


「キミを待っていたんだよ」


半兵衛は思考停止している文殊丸へ歩み寄り、さらに続けた。


「キミをボクの家中に迎えたいんだ。悪い話じゃないと思うんだけど」


話の展開が性急に過ぎたのか、文殊丸は完全に話に置いて行かれていた。が、


「断る!!」


一言で断ち切った。


「えぇっ!!なんで??」


半兵衛が全く予測していなかった事態に目を丸くした。


「気に入らないんだよ。源爺にしても、おまえにしても。決して、人間性がどうとかって言うんじゃない。俺には想像も付かないような、底知れない何かを隠されてるような気がしてな。いや、隠してるだろ?」


文殊丸は感覚的に知覚していた違和感を吐き出した。


「ふふふ……まったく。益々、興味深いね」


半兵衛が文殊丸の頭の先から爪先までを撫でる様に眺めた。そんな半兵衛に、文殊丸の不快感を露わにした視線がぶつけられた。


「もう仕方ないなぁ」


半兵衛は観念したように吐き出し、


「源爺たちは、竹中家に尽くしてくれている草だ」


と答えた。


「くさ??」


文殊丸は、理解できなかった単語を口に出した。


「そう。主に表の世界で、様々な手段を講じて情報収集をしている忍びのことだよ」


半兵衛は文殊丸の問いに答えた。


「しのびって……ニンジャ??」


文殊丸は、自分の知識に合致する単語を見つけて、やっと言葉の意味を理解した。


「そう、に・ん・じゃ」


半兵衛が文殊丸の答えを肯定し、そして半兵衛は続けた。


「彼の鍛冶場に、行商人達が来ていなかったかい?」


そう言われて、文殊丸は時折鍛冶場に現れる、雑多な荷物を抱えた行商人達の事を思い出していた。


「そう、物資の運搬や商売をしながら、彼らが情報を収集しているんだ。そして、彼らの情報が源爺のところに集約されている。ついでに、工房では彼らの為のカラクリを作っているんだよ。まぁ、あれは源爺の道楽みたいなものだけどね」


半兵衛は、文殊丸が想像したであろう情景を肯定して説明した。


「俺ってば、忍者見習いもしくは、候補生になってたのか……」


文殊丸が呟いた。


「あはは。それは無いと思うよ。キミにはその才能は無さそうだと、源爺が太鼓判を押してくれたから」


半兵衛は呆れたように文殊丸に答えて、改めて問い掛けた。


「疑問は解消されたでしょ?どうかな、ボクの提案は受け入れてもらえそうかな?」


文殊丸は半兵衛の目を凝視して言う。


「断る!!」


文殊丸の語気の強さに、軒下でうずくまっていた疾風が頭を上げた。


「えぇっ!!なんでぇー??」


半兵衛は、完全に予測を裏切られたというように、目を見開いて絶叫した。


「それだけじゃないだろ」


文殊丸は、未だに払拭されない違和感を感じていた。


「そうか、うん、なるほど……」


半兵衛は何事かを自問自答してから、文殊丸に話し掛けた。


「残念だけど、流石にこれ以上は部外者のキミには話せないよ」


その返答を聞くと、文殊丸は半兵衛に背を向けようとした。その時、


「でも、キミが他言しないと確約してくれるのなら、話しても構わないよ。確約してくれるかい?」


半兵衛が文殊丸の肩を掴んで問い掛けた。


「あぁ、他言なんてしねぇよ。そもそも、そんな話ができるような知り合いもいねぇし」


文殊丸は吐き捨てるように言った。すると、半兵衛は


「そうか、それならよかった」


と文殊丸の自虐を他所に安堵の笑みを見せると、


「十助!十助は居るか!?」


本堂の方に向かって声を掛けた。


「はっ。これに」


声と共に、本堂の扉の片側が開け放たれ、壮年の体躯の良い男が姿を見せた。


「例の準備をしてくれ」


半兵衛は十助に嬉しそうに伝えた。


 文殊丸は、半兵衛の喜びように、また別の違和感を感じ始めていた。




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