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戦国草子異聞奇譚  作者: BRACHIUM
異聞編 第二章
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15.口は災いの元

 「お。半兵衛、おかえり」


襖を開けて入室して来た半兵衛に、文殊丸が労いの声を掛けた。すると、半兵衛は片の頬を引き攣らせて、


「いやはや、恨み辛みの雨霰だったよ――ははは……」


と乾いた笑い声と共に、頭を掻いて見せた。


「想定していた事だろうに。」


胡坐をかいて座していた文殊丸は、手慣れた様子で囲炉裏の灰を火箸で均していた。


 半兵衛一行は草野の地を後にして、旧領の菩提山にある竹中邸(現在は源助の屋敷)に身を置いていた。再三再四の源助の要請に応えたというよりも寧ろ、矢継ぎ早に寄せられる源助からの恨み節が特盛の書状に、半兵衛が目を通す事に耐えられなくなって根負けした、というのが実情か。勿論、凛の決意と覚悟が、菩提山へ戻る事を躊躇していた半兵衛の背中を押したという部分が多分にあった事は、言うまでも無い。


「やっぱ、メールの遣り取りだけじゃ伝わらないモノもあるよな。直接会って、膝突き合わせて話さないと分からないモノだってあるだろ」


敷き詰められた灰を均し終えて、火箸を囲炉裏縁に立て掛けた文殊丸は、感慨深げに呟いた。


「めえる? 滅入る……?」


半兵衛は解った様な、解らなかった様な顔をして文殊丸に問い掛けた。


「メール。あ――、お手紙の事だよ」


そう言って文殊丸は、膝元に置かれていた書状を指差した。


確かに、文字という文明の利器は有用ではあるが、限界がある。情報量の多さでは、膝を突き合わせて語らうには遠く及ばない。文字の遣り取りだけでは、文面の外にある心情や感情、そしてその熱量は測り様も無い。身振りや手振り、そして口調や語気に込められたものは、否が応でも肌で感じられるものだ。故に、思いを伝えようとした時に、文章を発した側と受け取った側に肝心な部分で齟齬や誤解が生じてしまうのは当然だ。


「ふむふむ、書状の事ね。確かに、字面だけでは伝わらないものってあるよね。源助も思いの外、元気そうだったし。てっきり、かなり深刻に思い詰めてるのかと勘ぐってたんだけどね」


そう言うと半兵衛は一つ胸を撫で下ろした。


「ま、それが分かっただけでも収穫があったってもんだろ。で、どうしたいんだ?」


文殊丸は半兵衛の真意を質した。


「織田家に付くにしても、今の状況下で竹中家だけで動こうとすれば、此方の思惑と異なる思惑の西美濃の勢力に阻まれるだろう事は、火を見るより明らかだ。だからまずは、源助の言う様に西美濃衆の勢力糾合を早急に図ろうと思う。夫々が個別に動いて足並みが揃わない状況では、夫々にとって良い結果にはならないと思うんだ。足並みを揃えて西美濃衆を一つの勢力として認知させることが出来れば、織田家も斎藤家もこちらを意識せざるを得なくなるでしょ?」


半兵衛は言いながら、文殊丸の対面に座した。


「なるほどな、第三勢力の結集か。竹中、安藤、稲葉、氏家の連合体ってとこか」


文殊丸は火箸の一本を手にすると、箸先で灰の表面に夫々の一文字目を書き出した。


「義兄上の安藤家は、ボクらと一緒に織田に付く利は十二分に承知している」


半兵衛はそう言ってもう一本の火箸を手に取ると、『竹』と『安』の文字に丸印を付けた。


「静観を決め込んでいる氏家家は、斎藤家と織田家の何れかに与せざるを得なくなる時が必ず来る。どちらかの勢力に加担すると言う事は、対を成す勢力から敵対される事にはなるが、最後の最後までどちらにも加担しなかった場合には、勝者が決まった後にその勢力を敵に回すと言う事に成る危険が大だ」


そこまで文殊丸が言うと、半兵衛は、


「ふむふむ」


と相槌を打って、文殊丸にその先を述べさせた。


「予め不戦の密約でもしていない限り、自家を一番高く売り込める時期を待っているんだろう。となると、他の西美濃衆の糾合に先を越されて取り残されるなんて事は、絶対に避けたい筈だ。」


文殊丸はそこまで言うと、『氏』の文字に三角印を付けた。すると、


「何故そう考えられるんだい?」


半兵衛が悪戯っぽい表情で文殊丸に訊いた。


「それはこちらと同じって事だ。影響力の差、だな。仮に、竹中安藤稲葉連合(仮称)が先に成立したら、単体の氏家家では明らかに見劣りするからな――って、分かってて訊くとは底意地が悪いな」


文殊丸はそう答えると、半兵衛に視線を向けた。


「失礼な。キミがどの程度、現状を把握できているかを試しただけだよ」


半兵衛は文殊丸の視線を遮る様に、自身の眼前でひらひらと手を振って見せた。


「おい。そっちの方が、よっぽど底意地悪りいよ!」


文殊丸はそう言って手にしていた火箸を放り投げた。


「はいはい、冗談はさて置き。となると、ここで一番重要なのは稲葉家なんだ」


つい先程までとは異なる、真剣な表情で半兵衛は文殊丸に視線を向けた。


「稲葉家が斎藤家に付くか、織田家に付くか。それによって、氏家家がどちらに付くかが変わってくる」


文殊丸がそこまで言うと、


「だから、何としても稲葉家は此方に引き込まなくてはならないんだ」


半兵衛は呟いた。


「で、具体的にはどうするのさ?」


文殊丸は放った火箸をもう一度手にすると、器用に手先で回しながら半兵衛に訊いた。


「氏家家には源助を向かわせて、稲葉家の結果が出るまでは動かないように、と釘を刺して置くよ」


そう言うなり半兵衛は、


「う・ご・く・な!」


発声とともに、『氏』の文字に4回火箸を突き刺した。


「あ、あぁ。そうだな。念には念を入れといた方がいいかもな……。って、念の入れ方が違わないか?」


若干引き気味に文殊丸は言った。


「氏家家を留めておく為には、何としてもその間に稲葉家を説得しなければならないんだ」


半兵衛はそう言って、今度は、灰に書かれた『稲』の文字に執拗な程の丸印を付け続ける。


「おいおい。落ち着け、半兵衛」


文殊丸はそう言って、火箸を動かし続けていた半兵衛の右手を掴んで抑えた。


「うわっ! な、何をするんだい、急に――」


頬を赤らめながら、半兵衛は驚愕の表情を浮かべていた。


「何を――って、お前の様子がおかしくなったから止めたんだろうが。てか、こんな所に深い穴掘ったからって、稲葉家が味方に付いてくれる訳じゃなかろうに」


半兵衛の手を握っていた文殊丸はそう言うと、半兵衛が手にしていた火箸を取り上げて、


「だいたい、何をそんなにイラついてんだよ。もしかしてアレの日か?」


と、冗談めかして揶揄った。


「な、何を言うかと思えば、失礼な! 面と向かって言うような事じゃないでしょ!」


半兵衛は、赤らめた頬を更に紅く染め上げて声を荒げると、


「と、十助は居るか――!!」


頬を膨らませて部屋の外へ呼びかけた。


「はっ、これに」


返答と同時に、先ほど半兵衛が入室してきた襖が開かれると、そこには片膝を付いた十助が控えていた。


「今の、失礼極まり無い発言――聞いていたよね?」


「はっ、冒頭から――全て」


半兵衛の問いに、十助が間髪入れずに即答した。すると、半兵衛は


「よ、よし、では文殊丸。キミには罰として、稲葉家の調略を命じる」


急に取繕った口調で文殊丸に命じた。


「ええっ? 命じるって……。十助さんも何とか言って下さいよ、無茶振りにも程があるって――」


慌てふためいて文殊丸が十助に半兵衛への再考を促す様に求めるも、十助は俯いて必死に笑いを堪えている様子だった。


「十助、笑っている場合ではないよ。其方も文殊丸に同行せよ!」


半兵衛はそう言うと、そそくさと部屋を出て行ってしまった。


「と、殿!! 某は斯様な罰を受ける様な事は致しておりませ――」


と、十助が言い掛けたところで半兵衛は振り返り、


「笑っておったろう、理由はそれだけで十分」


そう言って、奥の間へと姿を消してしまった。


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