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戦国草子異聞奇譚  作者: BRACHIUM
異聞編 第一章
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5.お悩み相談室

 西方の山の稜線に、赤い夕日が少しずつ蝕まれていく。替わって東方の上空に、青白い月がその輪郭を明瞭にする。まだ明るい夕暮れ時、寺の境内の石垣に二つの影が伸びる。一つは文殊丸、もう一つは半兵衛のものだ。二人は石垣に腰かけて、視線を集落に注いでいた。


「人の気配が全く無かったでしょう?これでも、ボクがまだ小さいころは活気があったんだよ」


語り始めた半兵衛に、文殊丸はかつては寺だった成れの果てへ視線を移しながら、黙って耳を傾けていた。傍らには、軒先に繋がれた疾風が呑気に足元の草を食み、時折退屈そうに中空を眺めていた。そんな疾風を見遣り、一つ溜息を吐いた後に半兵衛は続けた。


 事の起こりは半兵衛が13歳の頃である。

半兵衛の父、竹中重元たけなかしげもと美濃みの国の大名 斎藤道三さいとうどうさんに仕えていた。しかし、その道三が息子である義龍よしたつに討ち取られるという事件が起きた。長良川の戦いだ。当然、親子同士の戦いであるから、斎藤家を二分することになったのだが、道三が土岐とき家を踏み台にして手に入れた領国であった為、旧領主であった土岐頼芸ときよりあきの落としだねとも噂された義龍の側に、圧倒的に分があった。

 そんな中、半兵衛の父重元は、道三の側に身を置いた。当然、重元の領地にも敵方となる義龍配下の軍勢が攻め寄せてきた。田畑は荒らされ、略奪・強奪も当たり前、火をかけられた集落もあったという。当然ながら領内の混乱状態は、他国の大名へ「どうぞ攻め入ってください」と言っているようなものだった。道三への援軍、道三落命後は、その遺言を大義名分として、織田家にとっては格好の餌食だったのだろう。織田家曰く、道三が落命前に娘婿である信長へ、美濃の譲り状を認めて送り付けていたというのだ。それ故、長良川の戦いで決着がついて領内が落ち着いたと思った矢先にも、美濃は織田家の侵攻に脅かされていた。義龍は、その才覚と求心力でこれらを良く防いでいたが、そんな義龍も道三を討った五年後に急死してしまった。急場凌ぎで息子の龍興たつおきを当主に据えて代替わりをするも、当然の事ながら、領国内の混乱は治まらない。更に追い打ちをかける様に、若年の君主に甘言かんげんを吹き込む者も少なくない。酒色に溺れ、まつりごとを鑑みることもない愚鈍な主の成り代わりを目論む者の噂も絶えない。義龍の腹違いの兄、長井隼人佐道利ながいはやとのすけみちとし斎藤飛騨守さいとうひだのかみの専横、台頭が顕著になってしまった。そんな最中でも、執拗に織田家の美濃侵攻は行われ、その度に旧道三派へばかり出兵要請がされる。一度手向かった者には、制裁が科されるのは世の常だ。そうやって対抗勢力の力を削いで手懐けるのは統治者の常套手段であり、それが権力というものである事も、半兵衛も十分に承知していた。しかしながら、そうやって戦の先陣を務めさせられ、疲弊させられる領地からは男手が足らなくなり、残った者たちの生活も困窮を極める。彼等にも、彼等の生活があり営みが有る。このままでは生きてゆくことすら儘ならないとなれば、耕作地を放棄して他国へ逃れる。当然、そういった領地では人の減少に歯止めが利かなくなる。


 「見ての通りの惨状だ。」と半兵衛は唇を噛みしめながら、それでも静かに忸怩じくじたる思いを吐露していた。


「お前、若いのに大変だな。そんなにカッカしてると、ハゲちゃうよ?」


文殊丸は半兵衛の頭をわしゃわしゃと弄繰いじくり回しながら言った。


「ち、ちょっと、何すんのっ。やーめーてぇー!」


情けない声を上げながら、半兵衛は夕日が斜にかかる文殊丸の顔を見た。


「何処の組織だって、そんなモンだよな。会社だってそうだよ。上司がアホだと下のモンは苦労が絶えないしな。そして、誰かが支えてやらなきゃならない。さすがに、会社って組織を潰すわけには行かないからなぁ」


文殊丸が実感を込めて言い切る。


「だよねー」


半兵衛が全面的に同意した。


「けどさ、言うべき時にはガツンと言ってやるのも必要なのかもな。言われなきゃ気付かない奴だっている訳だし。それも一種の優しさなんじゃないのかな。まー、それでもダメなら、もう見る目無しなんだろうけどさ。もうお手上げじゃん?」


文殊丸はお道化を含めて、あくまでも明るく言い、決して説教じみた言い方をしなかった。半兵衛は文殊丸の言葉に一つ溜息をつくと、


「あぁ、キミと話していると何となく落ち着くよ……」


濃い群青色から黒に染まり始めた空を見上げてぽつりと呟いた。


「あん?何か言ったか?」


文殊丸は聞いていなかったフリをした。


「いや、別にいいんだ」


半兵衛も文殊丸の気遣いを悟って、それ以上は自身や文殊丸の心情について言及しなかった。


「そう言えば源爺から預かり物をしてないかい?」


半兵衛は襟を正して文殊丸に訊く。文殊丸は、半兵衛の言葉で思い出した様に懐をまさぐりはじめた。そして、懐の奥から取り出した皮製の袋を半兵衛に渡した。すると、半兵衛は徐に皮製の袋から中身を取り出して、


「やはりそうか……」


半兵衛は一人納得していた。皮袋から取り出した黒曜石のように黒い宝珠の中心が、ほんのりと青白く明滅しているのが分かる。


「やはり、キミには重要な話をしなければならないようだ」


半兵衛は文殊丸へ向き直ると真剣な眼差しでそう伝える。無用な迷惑事には関わりたくないと常々思う文殊丸だが、間違いなく何かを呼び寄せている。何と無くそれを察知した文殊丸は、


「これ以上のお悩み相談は追加料金だぜ?」


そう言って話を打ち切るように立ち上がり、疾風の方へと歩みを進めた。半兵衛はその背中に向かって


「キミにとって、とても有用な話になるとボクは確信しているよ」


と呼び止めたが、文殊丸は歩みを止めなかった。そんな文殊丸の背中に向けて、半兵衛は独り言のように言った。


「本当に帰りたい場所があるんでしょ?」


半兵衛の核心を突いた言葉に、文殊丸の足が止まった。




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