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戦国草子異聞奇譚  作者: BRACHIUM
異聞編 第二章
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8.貰った小麦の使い道


 立ち込める灰色の分厚い雲から、ひらりひらりと白い花弁が舞い降りる。半兵衛が預かる草野の地は、冬深まれば底冷えとなる。初冬であるにも拘らず、一年の働きを終えた田畑はその表層に薄っすらと雪化粧を施され、軈て来る厳冬の白銀世界を予感させる。


「そろそろ頃合いかな?」


文殊丸はそう言って囲炉裏縁に立て掛けてあった火箸を手にすると、底に敷き詰められた灰を掘り起こし始める。そうして、二つ三つと灰を被った握り拳程の大きさの物体を、灰の中から引きずり揚げる。


「何なの、その塊は?」


文殊丸対面に座していた凛が、訝し気な視線を向けて文殊丸に問いかけた。


「蕎麦の代わりに、小麦を大量に貰っただろ。あれを有効活用しない手はないと思ってさ」


文殊丸は言いながら灰を被った物体を一つ手に取ると、


「あっちち、あちー!!」


お手玉の様に両の手で放りながら一人慌てふためく。そんな文殊丸の滑稽な姿を凛はじっとりとした視線で見つめ、


「火が焼べられているのだから、熱いに決まってるじゃない。冷ましてからにすればいいのに」


と、冷静な意見を発するが、


「ダメダメ。これはアツアツじゃないとダメなんだよ!!」


文殊丸はそう言って引こうとしない。そんな中、文殊丸の隣に座していた半兵衛は、囲炉裏の中で小さく爆ぜながら燃える薪をぼんやりと眺めていた。


「いやー、大分積もってきましたよ! 明日の朝には、辺り一面真っ白になってるかもしれませんよ!!」


蓑笠に積もった雪を払いながら久作が土間へと入って来た。


「相変わらずタイミングがいいな、久作」


文殊丸はニヤリと不敵な笑みを浮かべながら火箸を手に取ると、灰の中から新たに取り出した塊を摘み揚げて、そのまま久作に向かって華麗に放り投げた。


「おわっと!?」


放物線を描きながら迫り来る物体を察知した久作は、反射的に両手でしっかりと物体を受け止める。


「あっち――――!!」


久作は無意識に文殊丸の動きを再現するかの如く、物体をお手玉の様に放り始めた。


「外は寒かったろ。どうだ? 暖かくなったろ?」


文殊丸は不敵な笑みを浮かべたままそう言うと、手にしていた塊を二つに割いて半兵衛と凛に手渡した。


「『おやき』って言うんだ。小麦を練って作った生地に、味噌とか山菜とか具材を詰めて焼いたものだ。あっついうちに食うのが一番美味いんだよ」


手渡されたおやきは、お手玉のように放られて表面の灰はすっかり落ちていた。小麦由来の白い肌にほんのりと焼き跡を残す姿を現し、香ばしい香りを漂わせている。


「あ……、うん、美味しいよ。それに体も温まるし、この季節には丁度良いね」


そう言って半兵衛は、目を伏せた。


「ふむ。半兵衛さんからは合格点をいただけましたか。で、お凛サマはどうよ?」


文殊丸はドヤ顔で凛に話の水を向けた。


「――――悪くはないわね」


可も不可も無くといった淡白な評価を凛は下した。


「お子サマには判らん美味さなのかもしれんな」


文殊丸がチクリとやり返すと、凛は刺す様な視線を文殊丸に向けながら、


「決して不味いとは言っていないわよ。一言も」


と、更にやり返す。そんな極々在り来たりな日常の遣り取りが展開される中、神妙な面持ちで源次が工房からやって来た。


「芳しい状況では無い様に御座います」


源次は半兵衛の傍らに歩み寄ると、懐から書状を取り出して半兵衛に手渡した。半兵衛は手渡された書状を開いて中程まで目を通して書状を折り畳むと、


「………………その様だね」


と言って瞑目した。すると、凛と言い包め合いに興じていた文殊丸が半兵衛の方へ向き直り、問い掛ける。


「何ぞ問題でもあったのかね?」


文殊丸の問い掛けに、その場に居た一同の視線が半兵衛に注がれる。すると、半兵衛は暫しの逡巡の後、徐に口を開く。


「これは、源助からの書状。菩提山に戻って来てくれないかと、再三貰っていた打診に対する催促の書状だよ」


 半兵衛の言葉通り、半兵衛に替わって菩提山を治めていた源助からは源次の草達を通じて、既に一月程前から帰参の打診が半兵衛へ伝えられていた。しかし、半兵衛はあれこれと理由を付けて固辞していたのだ。ところが今回は、源助直筆の書状で打診では無く要望、切望の類となっていたからだ。肩幅程に広げられた紙面に小さな文字で所狭しと書き綴られた文章は、読書家である半兵衛ですら中途で瞑目する程であった事からも、事の逼迫性は計り知れるというものだ。


「西美濃衆の足並みが揃わずに四苦八苦しているそうだ。もう後半は愚痴というか、恨み辛みにしか読み取れなくて、その先を読む気にはなれないよ」


半兵衛はそう呟くと、文殊丸にその内容を掻い摘んで話し始めた。


 書状に依れば、尾張と国境を接する美濃南部の国人衆達は、その殆どが織田家への帰順を決しているという。これに対し、織田家へ徹底抗戦の構えを見せているのは、隼人佐を始めとした中濃部の者達。そして、西美濃衆は何れに加担するべきか意見が割れており、西美濃三人衆といわれる重臣達ですらその見解はまちまちである為、混迷の様相を呈しているという。

 源助が把握している範囲では、美濃の最西部である曽根を預かる稲葉良通は、姉である深芳野が龍興の祖母であるという縁戚関係もあって斎藤家への忠義を貫徹すると主張し、大垣に居を構える氏家直元は、半兵衛の稲葉山占拠の際には加担せずに静観したものの、龍興やその近習との関係は良好であるとは言い難く、現在の斎藤家とは距離を置いている様であると。そして北方を治める安藤守就に至っては、美濃半国の甘美な誘いが未だ脳裏に在るらしく、「織田家への帰順も条件次第では吝かではない」といった様子で三者三様であるという。

 源助としては、竹中家の存続の為には出来得る限り西美濃衆同士の争いは避けたいところであり、あわよくば西美濃三人衆の意見を合致させ、そこに迎合したいとの思いがあるようだった。しかしながら、源助は自身に三人の意見を調整できる度量も才覚もないと嘆き、とどの詰まりはこうなった元凶は稲葉山を占拠した半兵衛にあるとして、書状の途中からはその責任を半兵衛に糾弾する様な内容とも取れなくも無かった。 


「……まぁ、確かに。源助さんからすれば、謂れの無い責任を押し付けられた様なもんだしな」


溜息交じりに書状の内容を伝えた半兵衛に、文殊丸がおやきを頬張りながら声を掛けた。


「も、元はと言えば、キミがガツンと言わなきゃ分からない奴も居るって言ったからじゃないか!!」


おやきを頬張りながら他人事の様に声を掛けて来た文殊丸へ、半兵衛は珍しく頬を膨らませて抗議した。


「ちょ、ちょっと待て。何で俺が原因を作ったみたいな言われ方をせにゃならんのだ」


二つ目のおやきに手を伸ばそうとしていた文殊丸が、慌てて半兵衛の言葉を遮ろうとするも、


「キミはそうやって他人事のように言うけれど、ボクだって出来る事なら書に耽ってのんびりと過ごしたいよ!」


半兵衛は堰を切った様に文殊丸へ言葉をぶつけ始める。


「 それでもボクがこうして頭を悩ませているのは、守らなきゃならないものがあるから……。その為には、見限る訳にはいかないものだってあるんだ! そもそも、今日の竹中家が在るのは道三公あっての事だし、だいたい――ふがっ!!」


文殊丸は、際限無く湧き出て来るであろう半兵衛の言葉を、手に取ったおやきを半兵衛の口に押し込んで強引に止めた。


「わかったから、取り敢えず落ち着け。何でもかんでも一人で抱え込もうとするなよ。三人寄れば文殊の智慧って言うだろう。ここにだって、こんなにお前の仲間が居るじゃないか」


半ば呆れたような表情で文殊丸が言うと、おやきを咥えたままの半兵衛は両の瞼を指で擦って俯いた。半兵衛の傍に控えていた源次は、そんな二人を見つめて柔和な笑みを浮かべると、


「左様、文殊の智慧に御座います。最善の方策を練りましょうぞ」


そう言って懐から出した手描きの地図を床に広げた。


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