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戦国草子異聞奇譚  作者: BRACHIUM
異聞編 第二章
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6.ソハヤノツルキ(中)

「それでは、今回の作戦を発表します!」


高らかにそう宣言したのは文殊丸であった。文殊丸も含めた半兵衛一行は、半兵衛が統治を委ねられた草野の地を南北に流れる草野川上流の村落を訪れていた。村落にある寺の境内に老若男女数十名の人々が集まり、文殊丸の口から発せられるであろう言葉の、その先を待っている。


「こんな感じの物を川岸に設置します」


文殊丸はそう言って後ろ手に隠していた数枚の絵図面を地面に広げ始めた。


「なんじゃこりゃ?」


老齢の男性が広げられた絵図面の一枚を見るなり、声を発した。すると、それに同調する様に周囲の人々も騒めきはじめた。


「えーと、何て言えばいいのかな。これが丸太で、これが石で……」


文殊丸は拙い筆遣いで描かれた絵図面に、落ちていた枯れ枝で指し示しながら説明を加えるものの、説明が上手く伝えられずに四苦八苦していた。


「こんな隙間だらけのものでは、また決壊するしない以前に水が漏れてしまうではないか。まったく、最近の若いモンはそんな事にも考えが及ばぬのか……」


文殊丸の説明を受けた老齢の男性は、そう言って嘆息した。すると文殊丸は、


「いやいや、これは決壊した所を塞ぐ物じゃないんですよ」


そう言って、隣に並べられたもう一枚の絵図面を枝で指し示す。


「川はこう流れていて、ここでこう川が曲がっている。そうすると、大雨で水量が増えた時に上流からの流れが、この曲がる外側の堤に勢い良くぶつかる。だから決壊する場所はここで、いつも同じ所が被害に遭う事になる」


文殊丸は川の付近を描いた絵図面に枝を走らせ、集まった人々に川の流れと決壊している場所を指し示した。


「ふむ。それは皆承知している事じゃ。故に、こうして人手を集めて補修をしようというのであろう?」


老齢の男性は文殊丸の説明に、相槌を返しはしたものの「何を今更」といった表情は隠さなかった。


「勿論、決壊した堤の補修はしますよ。でも、同じように補修しただけだと、また直ぐに決壊しちゃうでしょ? だから、こいつは直した堤が壊されない様にする為に川の中に設置するんだ。で、それがこっち……」


文殊丸は更にその隣に広げられた、決壊個所の付近を拡大した絵図面を指し示す。


「ここが堤で、ここがいつも破られる場所。で、そこよりもこっちの川岸の中にこいつを並べて設置するんだ」


指し示された絵図面には、川の流れを示す曲線の内側に、等間隔で隙間の空いた斜線が幾筋か描かれている。


「まず、あそこに集められている一尺(30センチ)位の石を川岸に積み重ねて、腰の高さ位の長い山を作る。そしてそれを崩れない様に丸太とこいつで補強する。で、同じようにその山を平行に並べるようにいくつか作るんだ。そうやって干渉壁を作って、堤へぶつかる前に川の流れを弱めてやるんだ。だから、石の山自体に隙間は空いていて良い。下手に流れを止めようとすれば、この干渉壁自体が直ぐに壊れちゃうだろうから。こいつで流れを完全に止めてしまう必要は無いんだよ。更に言うなら、平時の川の流れを大きく阻害しない様に、石の山は川の流れに対して斜めに造るのが理想的かな」


 一通りの説明を終えた文殊丸は、一息つく様に周囲の人々に視線を向ける。決壊した堤を修復する事は当然の事として、川の流れに手を加えるという文殊丸の提案に関しては、集まった人々の反応は芳しくない。そもそも提言した文殊丸自身にも、目に見える程の変化が得られるなどと言う確たる自信があった訳でもない。というのも、取引先であった建設会社の応接室でさんざ待たされて手持無沙汰になった折、暇潰しにと読み漁っていた棚に飾ってあったカタログに載っていた工法の受け売りでしか無いからだ。とはいえ、「ノーガードで打たれっ放しよりは、はるかにマシ」程度の確信はあった。


 そんな折、芳しくない反応を見せる人々の中から、一人の若い女性が文殊丸を指差して声を発した。


「それは何ですか?」


その問いに答える様に文殊丸は、手に持っていたコの字型の金属製の物体を若い女性に手渡すと、


「それはかすがいだよ。そいつの両端を丸太に打ち込んで、組んだ丸太同士を繋ぎ止めるんだ」


カタログに載っていた本来の工法は、大きな鋼鉄製の金網で作られた箱型の枠を河床に設置して、重機でその中に砕石や土砂を封入するという工法であった。しかし、現状は重機も存在し無ければ、強度を保てる鉄線も十分に揃えられないという状況だ。そんな中、文殊丸が考え付いたのは、鎹で木材を繋ぎ止めて石の山を崩れない様に補強するという方法だった。


「そういう事でしたか」


暫くの間、手にした鎹を繁々と見つめていた若い女性が、一人納得した様な表情で文殊丸に軽く微笑んだ。そんな様子を見ていた老齢の男性が怪訝な顔をすると、若い女性が老齢の男性に記憶を辿る様に問い掛ける。


「ひと月程前、この村にこちらの方々がお見えになられた時に、穴の開いた釜やら錆びた鍬などを集めて行かれましたよね?」


老齢の男性は困惑した表情で記憶を辿り、口を開く。


「ふむ、確かに。着任早々、戦備えでも始められたのかと思っておったがの。さぞかし、浅井の殿様からの覚えも目出度かろうて」


そう言った老齢の男性は、苦々しい表情を隠そうともしない。すると、


「きっと、それは思い過ごしだと思いますよ」


皮肉たっぷりの言葉を返した老齢の男性に、若い女性は軽く窘める様に言うと、文殊丸の方へ向き直り問い掛ける。


「あの時に持って行かれた鉄屑が、この鎹となっているのではありませんか?」


質問の矛先が文殊丸に向けられると同時に、一同の視線が文殊丸へと向けられた。


「――正解!!」


文殊丸は若い女性の問いかけに端的に答えた。手渡された鎹は、十助と久作が採集した砂鉄に村落の中で道具として使えなくなった鉄製品を合わせて精錬し、源次と文殊丸が成形したものだ。鎹は文殊丸の足下に置いてある麻袋に、ぎっしりと詰め込まれていた。


「この鎹を作る為にも、相当の御苦労をして頂いたのだと思いますよ」


若い女性は、周囲の人々へ言い含める様に述べた。

 確かに、相当の苦労はあった。塊状に生成されたものを叩いて棒状にまで成形して、更にコの字へ加工する。その数も十や二十では済まなかった。材木の切り出しや石材収集の指示、それらの合間を縫っての鎹製作だ。準備期間にひと月もあれば十分と豪語していた割には、丸々ひと月かかってしまったというのが実情だった。


「そりゃぁもう、とんでもなく荒い使われ方をしましたからっ、ぐふっ――――!」


若い女性の推察に、然も当然の事のように久作が答えようとするのを、隣に並び立っていた半兵衛が久作の鳩尾に肘を打ち付けて黙らせた。とはいえ、久作の働きがあっての今日である事は間違いでは無い。この計画が発案された当日、文殊丸に手を引かれて渋々ながらに竹中邸を出立し、真っ先にここへ連れて来られたのも久作であった。そして、その日の内に村中を回って鉄材を掻き集めて持ち帰ったのも、文殊丸に同道した久作であった。


「ふふふ。私は喜んでお手伝いさせて頂きます」


若い女性は悶絶する久作の姿を視界の端に納めつつも、頬を綻ばせながら助力を申し出た。すると、


「なるほど、そういう事であったか。そこまでの配慮があったのであれば、もう何も疑いますまい。差配に従いましょう」


老齢の男性もそう言って、文殊丸の指示に従う事を了承した。




 「ほっ!」

 「よっと!」

 「それ!」

 「よっこいしょっと!」


 軽快な掛け声が谷間の河原に木霊する。十数人の人々が、堤の近くに集められていた一尺程の大きさの石をバケツリレーの様に手渡しで河床へ敷き詰めて行く。老体に鞭打ち励む老夫婦、手を添え合いながら渡す子供達と様々だ。敷き詰められた石は時間と共に背丈を増し、やがて大きな畑の畝の様な石積みの山が一筋形成される。するとそこへ、待ってましたとばかりに十助を先頭にして数人の男達が、丸太を担いで積み上げられた石の山を補強をしようとやって来る。


「先に向うの河床を四角く丸太で囲って、それを河床に打ち込んだ杭に固定して。石壁の補強はその後にしよう!」


男衆の前に走り寄って陣頭指揮を執るのは、文殊丸だ。ようやっと石壁の一列目が積み上がり、二列目に取り掛かろうという頃合いだった。積み上がった石壁の補強よりも、二列目の下準備を優先する指示を出す。文殊丸が想定していたよりも、大幅に工程が遅れていたからだ。


「どうにも皆、動きにキレが無いな……」


自身の見積もりの甘さを文殊丸は嘆息した。すると、


「そりゃぁ、朝から働き詰めですからね。このままだと、明日以降にも影響が出るかも知れませんよ」


文殊丸と共に河床への杭打ち作業をしていた久作が、文殊丸のボヤキに当然のように答えた。勿論、文殊丸も一日で作業が終わるなどとは思ってはいないが、一日当たりの時間の延長が工期全体へと悪影響を及ぼす事は重々承知して居る。


「思いの外、堤補修の方に人手も取られているしな……」


文殊丸は決壊した堤を見遣りながら、額を伝う汗を拭う。


 決壊した堤は従前の方法で補修する為、この村落の男衆へ一任する事にした。それでもやはり手間は掛かる。崩れた個所に、ただ土を宛がえば良いというものでも無い。崩れにくくする為に藁を土の中へ練り込んで強度を高め、重い木槌で叩く事で圧力を掛けて更に強度を上げる。そして、粘性の高い土を選んで保護をする。一朝一夕で終えられる作業でない事は明白だ。


「久作、丸太が杭に固定できたら休憩にしよう。俺は先に境内に戻って、準備に掛かる」


文殊丸はそう言って久作に指示を出すと、一人で寺の境内へと歩いて行った。


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