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戦国草子異聞奇譚  作者: BRACHIUM
異聞編 第二章
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3.黄粉餅騒動(下)


 盛夏を過ぎたとは言え、未だ天頂に昇る日差しは身を焦がす程に暑い。長い庇の下で直射は避けているものの、地表に反射された熱気はじりじりと身を焦がす。置かれた長椅子に男が三人。暑さにぐったり項垂れる者、給仕の娘に目を奪われる者、香ばしい香りに心奪われる者。三者三様、一つの長椅子に並び座る。


 「お待たせしましたぁ~」


お妙が湯呑を載せた盆を両手で持ち、小走りでやって来た。


「お茶を三つと、黄粉餅お一つでぇ~す」


艶っぽい声とは裏腹に、盆ごと長椅子の端に座っていた十助の膝の上に置くと、お妙は早々に店の中に走り戻って行った。


「注文取れたら、塩対応なのね……」


文殊丸はそう言って走り戻るお妙に生温かい視線を送りながら、盆から湯呑を一つ取り上げて隣の久作へ手渡す。


「熱っち!! 茹だる暑さにこの熱湯は、地獄の仕打ちですか……」


久作は、煮えたぎった湯をたたえる湯呑に口を付けて唇を赤く腫らしていた。そんな中、スカーフェイスの強面な男だけが心を躍らせている。


「おぉ! 色と言い、艶と言い。そして、香しいこの香り。堪りませんなぁ……」


木皿に載った黄金色の物体を、上から横から角度を変えて鑑賞していた。


「十助さんってば、ホントに好きだよねぇ。黄粉餅」


半ば呆れた目で文殊丸は十助を見遣るが、既に十助の心は此処に在らず。


「それでは……、いざ!」


愛しむような眼差しで黄粉餅を愛でていた十助が、意を決して黄粉餅を箸で掴みにかかろうとした刹那の事だった。十助の箸が掴もうとした黄粉餅が、瞬間移動した。


「な……!?」


呆然自失を絵に描いた表情で、箸を開いたままの十助が絶句した。とんびが油揚げをさらう様に、横合いから奪われたのだ。


「うむ。やはり濱屋の黄粉餅は逸品だな」


隣の長椅子に座っていた切れ長の目を持つ青年が、手掴みで十助が愛しんでいた黄粉餅を一瞬にしてぺろりと平らげてしまった。


「な……、う……、お……」


言葉にならない言葉を発して、十助は震えていた。


「む? そこな御仁、如何致した? 毒でも入っているのではと、食すのを躊躇っておられたのであろう? 拙者が毒見を終えた故、ご安心召されよ。濱屋の黄粉餅は逸品である。拙者が言うのであるから間違いは御座らん」


青年は十助に向かって悪びれる素振りも無く言うと背を向けて向き直り、涼し気な視線を通りへ向けて悠々と茶をすすり始めた。


「き、き、喜右衛門きえもん様! な、何て事を!! 」


文殊丸や久作が声を発する前に、青年の傍で一部始終を見ていた少年が驚愕の声を発した。喜右衛門と呼ばれた青年は、少年の叫びを意に介す事無く茶を啜り続けている。少年の声でやっと眼前に起きた事態を把握出来たのか、十助の表情が見る見るうちに鬼の形相へと変わり、烈火の如き怒りが露わになる。


「ざ、戯言を申すなぁー!!」


十助の怒りが爆発。否、噴火した。膝に置かれた盆もそのままに立ち上がり、腰の差料さしりょうに手を掛ける。


「うわっ!ととと……」


宙に浮いた盆と湯呑を文殊丸が絶妙な手捌てさばきで捕捉するが、勢いづいた湯呑の挙動までは制しきれずに煮え滾った中身が久作に襲い掛かる。


「ぎゃぁーーっ!!」


茹だるような熱気に朦朧としていた久作の意識が一気に覚醒する。右足に熱湯を浴びせられた久作は、水揚げされたばかりの魚の様に勢い良く地面をのたうち回る。久作が隣の長椅子に腰掛けていたおっさんにぶつかり、おっさんが持っていた木皿がおっさんの正面に座っていた若い男の頭に着地し、導火線に火が付いた。


「おう、何してくれてんだ兄ちゃん!!」


「おい、おっさん! この黄粉塗れの頭どうしてくれんだ!!」


昼下がりの通りに響く喧騒が、過行く人々の歩みを止めさせる。人だかりが更に野次馬を呼び寄せて更に大きな人だかりへと成長し、然して広くない軒下が爆心地となる。「やるか!」「やんのか!」の言い合いが熱を増し、「やれ!」「やっちまえ!」と煽る野次馬の声が拍車を掛ける。遂には手が出て、揉み合い圧し合いの乱闘騒ぎに発展してしまった。


「は……」


刀のつかに手を掛けて喜右衛門に斬り掛かろうか否かと葛藤していた十助が、周囲の喧騒で我に返った。そんな十助の足元へ、這う這うの体で爆心地から逃れて来た久作がしがみ付く。


「あいたたた……」


久作の着物は土埃に塗れて片方の袖は無くなり、履いていた筈の草鞋は既に跡形も無い。


「おいおい、大丈夫か?」


見かねた文殊丸が肩を貸して、久作を脇から担ぎ上げた。それと時を同じくして、


「参るぞ、与吉」


喜右衛門は利発そうな少年に声を掛けると、飲み終えた湯呑を長椅子に置いておもむろに立ち上がった。


「拙者は遠藤喜右衛門直経えんどうきえもんなおつねと申す。手当が必要であれば、拙者の屋敷に来ると良い。馳走になった礼くらいは致そう。こちらへ来てまだ日も浅かろう、美濃の客人」


切れ長の目をした青年は十助にそう声を掛けると、きびすを返して歩き出した。


「ま、待たれよ!!」


十助からすれば、勝手に食われて馳走した覚えは無い。腑に落ちない言われ方をした十助が喜右衛門の肩を掴もうとするも、喜右衛門は与吉を伴い人だかりの間をするりと抜けて通りの雑踏の中へと姿を消してしまった。追い縋るにも縋る術を無くした十助は、俯きながら眉間に指をつがえて歯をきしませる。そんな十助が、行き場の無い憤りを溜飲して顔を上げた時だった。興奮冷め遣らぬ人だかりを掻き分けて現れた長身の人物が、十助たちを冷めた視線で見つめて言う。


「な、何をしているんだい、キミたちは……」


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