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戦国草子異聞奇譚  作者: BRACHIUM
異聞編 第一章
39/81

39.一騎打ち(下)


「厭くまでも、某は行動の選択肢の一つを提示したまで。数ある選択肢より何を選び、どのように行動するかは殿が御自らお決めになった事に御座ろう」


半兵衛は隼人佐の嘲弄を意に介す事も無く、さらりと言って退けた。

そんな半兵衛に隼人佐は薄い顎鬚あごひげに手を当てながら、


「しからば、斎藤飛騨が首をねられたと聞き及ぶが、其方そなたらの手に因るものであろう。この始末は如何に付けようものか。これは殿の御裁可によるものではなかろう」


そう言って薄ら笑いを浮かべた。


彼奴きゃつは殿を御護りするどころか真っ先に逃亡致した故、見兼ねた城兵が首を切ったか賊に首を掻かれたかようとして知れませぬ。寧ろ、今ここに彼奴の胴と首が繋がってあったものならば、某の手で叩き落としてくれようものを。口惜しい事この上無い」


半兵衛は、わざとらしく仰々しい言い方をして隼人佐の勘気を誘う。


「ただ……」


半兵衛はそう言って懐から透明な珠の連なった数珠を取り出した。


「飛騨守の遺体より回収されたものに御座る。分不相応な品である故、殿に御検分頂いた方が善かろうと思い某が預かって居る物に御座います」


数珠は小指の先ほどの透明な珠が二十近く繋がり、赤い房がつけられた親玉は一際大きな珠が用いられている。


「お主、それは……」


そう言って隼人佐が数珠に手を伸ばそうとするのを、半兵衛は数珠を己の頭上にかざして珠の透明度を確かめる様に下から覗き込んで言う。


「上質な金剛石の様ですな。仮に伝家の秘宝と言われても、大名や大店おおだなの商人でもない者がそうそう持てるような代物ではありませぬな」


隼人佐は半兵衛の言葉に汗が額に滲み始めて来るのを感じると、軽く息を吐いた。


「これは、七彩色しちさいしき宝珠ほうじゅの一珠に御座いましょう」


半兵衛の放った言葉に隼人佐は息を飲んだ。


「飛騨守も恐らく、天啓てんけいもたらす者の一人であったので御座いましょう。なれば既に天啓は降りたのでしょう? あの肥え方は尋常ならざる物がありましたから、恐らくは暴食あたりでしょうか」


半兵衛は視線を隼人佐に戻すと、刺す様な眼差しと低い声音で淡々と言った。


「半兵衛ぇ……。お主何処まで知ってる、何を知って居る? 」


隼人佐はまなじりを吊り上げてうめく様な声を上げた。


「恐らく、飛騨守を好きな様にさせていたのもそれ故。むしろ、如何いかな災厄が降りかかるか知れない者に対して手出しが出来なかった、と言った方が妥当でしょうか? 」


睨み付けるような視線を向けて来る隼人佐に半兵衛は淡々と問い掛けた。


「……その暴食の宝珠を交換条件に、何を望む? 」


隼人佐は半兵衛の意図する所を察した様だった。


斯様かような品は某の手にも余る物なれば、お返しする事もやぶさかでは御座いませぬ。しかしながら、これまでの隼人佐様の言われ様から察するに、殿は我らに翻意ほんい在りとお思いに御座ろうか? 他国からの調略にもなびかずに、今日こんにちこうして相対して座するは翻意の現れに御座ろうか? 」


半兵衛は取引の本題に入った。


「ふっ、つまりは、お主らには謀反の意思は無かったと言うか。否、寧ろ無かった事にしろと言う事か」


隼人佐は眉間に指をつがえながらも半兵衛へ視線を向けたまま吐き捨てる様に言った。

隼人佐の言葉に半兵衛は答える。


「そもそも謀反の意思など持ち合わせては居りませんが、此度の件に関わった者達への嫌疑は一切不問として頂きたい。合わせて、その地位や身の安全も含めてに御座る」


隼人佐は半兵衛の提示に


「ほう、それだけか? 」


と言うと含み笑いを浮かべて続ける。


りとて、武士もののふには武士としてのけじめのつけ方というものがあろう。謀反の意思は無かったとはいえ、混乱を招いた元凶であるそしりはまぬがれ得まい」


隼人佐は暗に半兵衛の切腹を匂わせる物言いをして来た。


「某が腹を切る事で全てが善い方向に治まるのであれば、喜んで承りましょう。然るに、残される者達を思えばそう短絡的な結論には帰結致しかねまする」


隼人佐が半兵衛に責任の所在を迫り、半兵衛は答えに窮した。隼人佐の言葉も道理を重んじる武家社会の習わしにならえば、道理には合う。しかしながら、ここでの約定も隼人佐が他者に漏らしたくない事柄を半兵衛が握っているから成り立つものであり、秘匿したまま半兵衛がこの世を去れば隼人佐は約定を反故にする事も可能になってしまう。半兵衛は上を向いて暫く瞼を閉じると一呼吸置いてから目を開き、


「……解り申した」


半兵衛がそう言った直後の事だった。


「――うわぁっ!!」


意を決して次の言葉を発しようとした半兵衛の前にふすまが倒れて来た。と同時に十助、文殊丸、久作が折り重なる様に応接の間に雪崩込んできた。


「――痛ってぇなぁ、久作! 重いから早く退けっての!!」


そう叫んだ文殊丸は、十助を下敷きにして上から久作に覆いかぶさられる恰好で、身動きできない状態になっていた。そんな文殊丸の懐から皮袋が顔を出して板張りの床に落ちると、皮袋の口から覗いた黒い珠が半兵衛と隼人佐の座する間に転がって行った。



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