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戦国草子異聞奇譚  作者: BRACHIUM
異聞編 第一章
37/81

37.戦力外


 織田家からの使者を返した数日後。いつもと変わらぬ初夏の日差しに照らされて、いつもと変わらぬ風が吹いて行く。いつもと変わった事と言えば、


「稲葉山の城代は織田からの美濃半国の誘いを袖にした」


 そんな噂が瞬く間に井ノ口の町に端を発して近隣の諸国にまで伝播していった事か。

市井の人々は口伝くちづてに言い合い、噂には背鰭尾鰭せびれおびれが多分に加飾されて行く。中には、


「振られた織田が稲葉山を力攻めに来る」

「追われた龍興が稲葉山を取り返しに来る」

「美濃の主の座を巡り、安藤と竹中が仲違いを始めた」


など荒唐無稽こうとうむけいな噂までも立ち始めていた。

 そんな折、久しく姿を見せていなかった源次が稲葉山の竹中邸に顔を出した。


「殿、少々難儀な事に成り申しまして……」


源次は曇った表情で半兵衛に切り出した。


「仰せの通りに井ノ口の町より織田との交渉結果を流言しましたが、少々効き目が強すぎた様に御座います」


 半兵衛のくさとして活動をしている源次は、流言の発信元だ。元締めである源次の指示に従い、それぞれに活動する草達が市井の人々に扮して井ノ口の町中で噂話を流布したのである。しかしながら人の心理はそう易々と計り知れるものでも無く、時として思いもよらない結果をもたらすこともしば々生じる。

 半兵衛は座したまま腕組みすると、首を左右に倒しながら口を開く。


「こればっかりは、何とも仕様が無いのかな。やっぱりそろそろ潮時なのかな」


半兵衛の呟きに源次は、


「仰せのままに」


と言ったきり、口をつぐんでしまった。

 そんな源次を見つめて嘆息混じりに半兵衛は言う。


「こういう時は彼じゃないとダメだね。源爺や十助の忠勤ぶりには頭が下がる思いなんだけど、決断しなきゃならない時に意見を求められるのは、彼だけだね」


そう言って半兵衛は腰を上げ、土間で草履を履くと竹中邸の引戸を出て行った。源次も慌てて半兵衛に続いた。まだ熱気の残る斜陽が当たるなだらかな勾配の小道を、半兵衛はゆっくりとした歩みで十助や文殊丸が逗留している屋敷へと向かっていた。


「姉上ー!姉上ー!!」


 竹中邸から文殊丸達の逗留している屋敷へ向かう途中で、半兵衛の後ろを歩く源次よりも更に後方から大きな声で呼び止められた。

 頬を紅潮させ、額に汗して必死の形相で走って来る久作の姿があった。


「姉上。来ました、来ましたよ! 隼人佐はやとのすけ様が龍興様の名代としてお見えです!!」


両手を膝に付き、肩で息する久作の言葉に半兵衛と源次が目を見開いた。


「そうか、直ぐに行こう」


半兵衛はそう言ってきびすを返すと龍興邸へと進路を変えた。


「姉上、それではオイラは文殊丸さんにもこの事を伝えに行きます」


久作がそう言うなり走り出そうとした矢先、半兵衛が歩みを止める。


「今回はダメだよ。あの男にだけは、彼の姿を見せる訳に行かないよ。いいかい、彼には伝えてはいけない。伝えたら間違いなく来てしまうだろうからね。それだけは絶対に避けなければならない。十助にだけ、取り急ぎ政所まんどころまで出向く様に伝えてくれればいいよ」


半兵衛がそう言って久作を制した。


「え? 呼ばないんですか? この一大事の時に」


久作が念を押す様に半兵衛に訊いた。


「ダメ、絶対にダメ。何があってもダメ」


 半兵衛は久作に釘を刺す様に念を押して言うと、源次には隼人佐を大手門から龍興邸へ案内する様に言付けて自身はそのまま龍興邸へと歩みを向けた。

 久作は不承不承といった表情ではあったが、姉の言い付け通りに十助の下へ走った。

 久作は半兵衛の供廻りの者達が逗留する屋敷の前に到着すると、生垣の切れ目から頭だけを出したり引っ込めたりして屋敷の中の様子を窺いながら愚痴をこぼす。


「文殊丸さんに見つからない様にして十助にだけ伝えるってのは至難の業ですよ、姉上……」


そんな姿が縁側で片肘を突いて寝そべっていた文殊丸の視界に入る。


「久作のヤツは、一体何がしたいんだ?」


文殊丸は呆れた表情で仰向けになると空を仰いだ。


「む。今が好機!」


久作はその隙を見て屋敷に駆け込んだ。暫し屋敷内を探索して裏庭に十助の姿があるのを見つけると、久作は声を出さずに身振り手振りで十助を呼ぶ。


「は、これは久作様。如何なされましたか?」


普段通りの声量で答える十助に、


「しーっ。大きな声を出さないで」


久作は自分の唇に人差し指を当てて言うと、近くに歩み寄って来た十助に事の子細を伝えた。


「左様に御座いますか。殿の御言い付けなれば仕方ありますまい。急ぎそれがしのみにて参りましょう」


 十助は抑えた声でそう言うと、ちらりと文殊丸の様子を窺ってから急いで龍興邸へと走って行った。

一目散に走り去る十助と、それに続く久作。文殊丸は二人の走り去って行く後姿を縁側で仰向けに寝転がりながら、視界の端で見ていた。


「隠れてコソコソ何やってんだか。あからさまに除け者にされるってのも嫌な感じだよな。戦力外ってことなのかね?」


文殊丸はぼやくと起き上がり、十助と久作の後を遠巻きにつけて行った。



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