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戦国草子異聞奇譚  作者: BRACHIUM
異聞編 第一章
33/81

33.待ち人来たらず


十助は半兵衛に促されて半兵衛の前に座った。

文殊丸はバツの悪そうな顔をして、二人と少し離れた壁に寄りかって座りながら口を開いた。


「いや、もう稲葉山にきてから半年近く経つけど、そろそろ潮時なんじゃないかなってさ。その辺のところを聞いておきたくてさ」


半兵衛は書机に突いた頬杖を両手にして文殊丸に言う。


「どの辺が潮時だと思うんだい?」


質問に質問で返された文殊丸は、一瞬鼻白んだ表情をして答える。


「ここを龍興に返す頃合いについてだよ。お前が気付いていないとは思ってもいないけど、守就さんの事だってある。今は仕事に忙殺されて、あからさまには感情を表に出して来ないけどさ。このまま俺達がここに居座っていたら、いずれは自分が美濃の主になんて思わなくもないんじゃないかなってさ。それに、他所からのお誘いも大方出尽くしたってなとこなんだろうし、流石にこれ以上引き延ばしはキツイんじゃね?」


半兵衛は両手で頬杖を突いたまま、文殊丸の言い訳に耳を傾けている。そしてそのままの恰好で口を開く。


「んー。言い訳にしては上出来だね。キミの言う事は尤もな事だと思うよ」


文殊丸の意見を認めてはいるものの、半兵衛は気の無い様子で返してきた。

そんな半兵衛の煮え切らない様子に文殊丸は更に問い掛ける。


「何か不測の事態でも起きてるってのか?」


文殊丸の問いに半兵衛は眉尻を少しだけ動かすと答える。


「んー。不測というか、想定していた事というか……」


半兵衛の物言いに文殊丸は小首をかしげながら言う。


「そうか、なるほどな……って、どっちだよ!」


「どっちもだよ!!」


文殊丸が言うと間髪入れずに半兵衛が叫んだ。


「どっちもなんだよ。こうなる事はある程度は覚悟していたつもりだったんだけどね。まさかそんな事にはならないだろういや、ならないで欲しいという願望だったと言った方が寧ろ正しいのかな。」


半兵衛がぽつりぽつりと言った。


「ん?話が見えないんだが……半兵衛さん?」


半兵衛は書き終えた無数の書状の束に視線を下ろすと、独り言の様に話し出した。


「ここにある書状は、他家からの調略に対する返書だよ。来訪する使者は日に一人や二人なんてものじゃない。この半年間そんな日々を重ねてきたけれど、龍興様からの打診は何も来ていないんだよ。市井しせいにはあれだけ近隣からの誘いが来ているという情報が流れているというのにだよ。」


そんな半兵衛の独白に文殊丸は茶化すように言う。


「ははぁーん。モテモテですな、半兵衛さんは。本命からは見向きもされないのに、本意でないとこからは引く手 数多あまたですか。隅に置けない小悪魔っぷりですなぁ」


半兵衛は文殊丸の茶化した言い様の全てを理解はできずとも、冷やかされていることは知覚した。


「何か、あまり良い言われ方をしていないようだね。キミがボクにとって不本意な事を言っている事は非常に良く判るよ」


文殊丸は細めた視線を半兵衛に送られて、姿勢を正すと続ける。


「てことは、龍興はそもそもここを乗っ取られたとすら思っていないから返せと言って来ないのか、或いはここに帰って来る気が無いのか・・・。ごめんなさい、私が悪うございました。性根を入れ直すのでおうちを返してくださいっ!て、謝って来たら返すつもりだったんだろ?となると半兵衛さん、当初の目論見とは見当違いな方向へ進んでいやしませんか?」


一人芝居的な身振りを付けて言った文殊丸に半兵衛は遠い目をしながら言う。


「察しが良いね。小馬鹿にされてるみたいで悔しいけれど、正にその通りだよ」


そう言いながら嘆息をつく半兵衛に、文殊丸は腕組みをして言う。


「それなら、お前が頭張ればいいんじゃね?」


「それは無いね」


文殊丸の提案に半兵衛は即答して続ける。


「ボクにはそのつもりも無いし、そんな器じゃないよ。第一、何の正当性もないボクに国人衆がついて来る筈も無い。それに下剋上の悪い先例になって、それこそ数多あまたの戦乱の原因を作る切っ掛けにしかならない。そうなったら本末転倒だよ」


民を憂う半兵衛の心中を鑑みれば、当然の言葉である。仮に半兵衛が美濃の国主と成る事を宣言して周囲の国人衆がそれを認めたとしたら、それは下剋上の風潮を認める事になる。いては、反乱を起こして自領の拡大を目論む国人衆が現れたとしてもそれを追認する他無くなってしまう事にもなりかねない。当然の事ながら、一度反乱の口火が切られればその火の手が一か所には留まらないであろう事は容易に想像がつく。故に半兵衛は数多の争乱の火種を起こす行為でしか無いと結論付けていた。民の生活の平穏と安寧を願う半兵衛の気持ちとは相反する結果を招く事になるのだと。


「火急の用にて失礼致します」


そう言うなり一人の男が竹中邸に入って来た。


如何いかがした、治右衛門じえもん?」


十助が男に尋ねた。


「は、殿に急ぎ政所まんどころまで御出で頂きたく参上致しました。他家よりの使者が見えており、安藤様が御対応されておられますがどうにも……」


治右衛門と呼ばれた男は、半兵衛に守就と使者との面談に同席する様に求めているようではあるが、言葉を選びかねているように見えた。が、半兵衛はその真意を察した様子で立ち上がると、治右衛門に向かって言った。


「治右衛門、良い判断だ。私も直ぐに赴く故、先に行って交渉事は私が同席してからとなる様に図らってくれ。そうだなぁ、酒肴でも用意すると言って席を替えさせると良い。直ぐに行ってくれ」


「は、心得ました」


治右衛門は半兵衛に一礼すると着物の裾を捲って屋敷を一目散に飛び出して行った。


「さて、それじゃボク等も行こうか」


半兵衛はそう言って返書の束を抱えると、我関せずな態度で板の間に寝そべった文殊丸に言う。


「勿論、キミも一緒に行くんだよ。他人事みたいに寝っ転がって無いで、さっさと行くよ」


言葉通りに他人事と決めつけて寝そべっていた文殊丸は慌てて起き上がる。


「え?俺が行っても意味無くね?」


文殊丸の返答に半兵衛がちらりと十助に視線を送ると、主の意を解した十助が言う。


「稽古を怠ろうとした罰ですな」


「ぐ。やっぱりそうなるのか……」


痛い所を衝かれた文殊丸は、渋々重い腰を上げて半兵衛に同道する事となった。


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