31.祭りのあと(下)
竹中邸へ戻る道中、文殊丸は気になっていた疑問を口にする。
「そういえば、十助さんと守就さんってどういうご関係?」
十助は文殊丸に訊かれて問いに答える。
「守就殿は某の嫁の兄に御座る。故に義理の兄ということに成りますな。加えて、殿の亡き兄上の舅殿でもあります」
文殊丸は十助の答えを聞いて納得すると、
「ふーん、親戚同士の寄り合いってことか」
と呟いた。
「西美濃の衆は、ほとんどが何らかの血縁関係にあるね」
半兵衛が文殊丸の言葉に補足する様に言って続ける。
「安藤家と同族であった稲葉家は義龍様の母君の実家だし、氏家家は道三公の妹君を娶っていたし。そういった意味では、斎藤家にとって最も近しい存在だったはずなんだけどね」
それを聞いて文殊丸は思い出したように言う。
「そう言えば、十兵衛さんとこも斎藤家とは血縁関係だったような……。凛とは従兄妹でしたっけ?」
文殊丸に訊かれて十兵衛が無言で頷いて答えると同時に、文殊丸のすぐ後を歩く凛も頷いた。
「訳わからん。何で身内同士でいざこざが起きるのかね?」
文殊丸は思考を巡らせるが、収拾が着かなくなった様な顔をして言った。
すると、十兵衛が文殊丸の呟きを聞いて一言付け加える。
「所謂政略的な婚姻というものも中には御座る。器量の良さそうな娘を養子にして形式的に名のある武家の娘に仕立て上げる。そうして有力な国人衆や他家へ嫁がせて、婚姻関係を構築しながら周囲との連携を図る手法、と言った方が妥当かもしれませんな。故に、実質的な血縁とは言い難いものも中にはあることも事実で御座る」
そんな十兵衛の言葉に、半兵衛は複雑な思いそのままの表情で言う。
「血縁という繋がりが人と人とを繋ぎ止めて、家という集団を形作って来たんだ。それ故に一番の根幹である血縁の裏付けという部分に傷が入ると、途端に瓦解する脆さも併せ持っているんだよね。道三公と義龍様の確執はその一例とでも言うべきなのかな」
文殊丸は半兵衛の言葉に、道三から始まる斎藤家の成り立ちを思い描く。おそらく遣り手のワンマン社長の様に、あの手この手や権謀術数を用いて長井や斎藤といった姓を獲得し、血縁というネットワークを広げて美濃を実質的に支配したのだろう。そして止めに土岐氏を美濃から追い遣り、領国内の支配体制を確立させたのだろうと。それにも関わらず、跡取りの義龍に道三は討ち滅ぼされた。自らの地位を確立する為に血縁を用いて、その血縁により身を滅ぼしたのかと。
「元々は家を守る為の手段として考えていたんだろうけど、皆それぞれに邪な思惑が出てきちゃうんだろうね。それが人の性だと言われれば否定はできないけれど、このままじゃ争いの火種は絶える事が無いよね。当然、その火種が大きな戦火になって行っちゃうんだよね。ただ、その戦火に一番苦しめられるのはそこに住まう民達なんだよね。そう考えると、事に因ってはこの美濃の国を現状通りに斎藤家が統治する姿が相応しい姿なのか、考えを改めなければならない日が来るかもしれないよね」
半兵衛の言葉に、周囲の皆が口を噤んだ。夫々の胸の内に秘めた思いが言葉として紡ぎ出されてしまったからなのであろう。斎藤家の血縁という美濃国内へ縦横に張り巡らされた織り糸が解れ始め、小さな解れが次第に拡大して何時しか大きな穴へと姿を変える。
斎藤家に仕える者として口に出すことは憚られる内容ではあるものの、この場にいた者達は同じ思いを抱いていたからこそ、誰も半兵衛の言動を止めようとはしなかった。
「ま、それも斎藤の坊ちゃん次第か」
重苦しくなった雰囲気を払拭するように、呑気な口調で文殊丸は言った。
「そうだね。良い選択をして頂けるように願うばかりだよ」
半兵衛は文殊丸に答えた。
「で、この先どうすんだ?」
文殊丸は周りを見渡しながら半兵衛に尋ねた。
「まずは滞っていた政務を片付けないとね。流石にあの状態だと、一月そこそこで片付く内容では無いみたいだしね」
半兵衛は遠くに目を遣りながら吐息をついた。
「そうか! 他家との交渉内容をわざわざ晒すのは、その為の時間稼ぎか」
文殊丸は合点が行った顔をして言った。
文殊丸の回答に半兵衛は右手の人差し指を立てて答える
「そ、大正解。条件次第では大掛かりな兵を動員して戦をしなくても、稲葉山が手に入るかもしれない。そう思ったらわざわざ城攻めに来るなんて事はしないでしょ。そうなれば、交渉でどうにか丸め込もうと考えるでしょ?」
半兵衛は文殊丸の隣に並んで歩きながら続ける。
「交渉の為に使者を送り出して、その使者が戻ってくるのを待って、待ってる間に他所の交渉内容が耳に入れば、他所の条件よりもより良い条件提示に頭を悩ませて・・・なんて、周りが勝手に右往左往するだろうね。その間にボク達は滞っていた政務を片づけて、美濃国内の立て直しを図る時間が作れるでしょ?」
文殊丸は半兵衛の答えを聞いて、更に訊く。
「じゃぁ、龍興に返却するのは立て直しが終わったらって事か?」
半兵衛は竹中邸の引戸の前に立つと、暫し口を噤んで一息ついてから文殊丸の問いに答える。
「本当はそうしたいところなんだけどね。こればっかりはこちらだけの都合ではどうにもならないかもしれない。周りがいつまで混乱していてくれるか、美濃国内の立て直しがどこまで進められるか。夫々の折り合いの付けどころが難しくなるだろうね。ただ、何もしないで手を拱いているよりはよっぽど良い筈だよね。ほっ! はっ! んぐぅーっ!!」
半兵衛はそう言いながら力を込めて、傾きかけた竹中邸の引戸を開けようと何度か試みた。
「おいおい、そんなに雑に扱ったら倒壊するぞ……」
文殊丸が引手を掴んだ半兵衛の手を取り上げて、半兵衛に替わって引戸をそっと引き開けた。
「む。意外と優しいんだね、キミって」
半兵衛が冷やかし半分で文殊丸に言った。
「意外は余計だろ。俺は結構、女子供には優しい性質だと思うぜ」
文殊丸は半兵衛に答えた。
「え?戸の開け方の事だよ。もしかして、ボクの事をきちんと女性として見てくれていたのかい?」
半兵衛は文殊丸の瞳を覗き込むように言った。
「紛らわしい言い方するんじゃねぇよ!勘違いするだろうが!!」
文殊丸は覗き込まれた瞳の奥を隠す様に、顔を背けた。
「鼻の下伸ばしてだらしない顔ね」
後ろから文殊丸の着物の裾を摘まんでいた凛が、背けた顔を下から見つめて言った。
「鼻の下が長いのは遺伝ですが、何か?!」
文殊丸はそう反論するのが精一杯だった。




