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戦国草子異聞奇譚  作者: BRACHIUM
異聞編 第一章
28/81

28.忠義の士

黒い大きな塊が角張った石材を枕にして、砂利敷きの地べたに仰向けで横たわっている。篝火かがりびに照らされて、石材の淵を石肌と異なる模様の染みが形成されているのが視認できる。一際大きな染みの一部は垂直な石肌を伝って下り、砂利敷きへ姿を現したどす黒い溜まりに繋がっていた。


横たわる塊を傍らで見下ろしていた少女が視線を上げて歩み出す。数歩離れた砂利敷きにひざまずき、懐から懐紙かいしを取り出す。


「お疲れさまでした、あなたのお蔭で救われた命があります。あなたの忠義にどのように報いれば良いのか」


凛はそう呟いて、主とはぐれた十助の左手首を懐紙に包み込んで抱え上げた。

その持ち主だった十助は、横倒れになってうめきを喉奥に押し込んでいる。苦悶の表情のまま、左腕の先の焼けるような激痛と格闘し続けていた。左腕の肘先を文殊丸が応急的に縛った白い布切れは、既に赤黒く変色してしまい真っ赤な縄のようになっていた。


「十助さん、もうちょっと我慢してて」


文殊丸はそう言うと、腰にぶら下げた茶色い小ぶりな瓢箪ひょうたんの口栓を引き抜いて中身の液体を口に含むと、十助の傷口へ霧状にして吹きかける。


「ぐ……っ!!」


焼けるような痛みで鋭敏になっている傷口に、異物を吹きかけられて十助の顔が苦痛に歪む。文殊丸は十助が顔を歪ませるのも構わずに、二度三度と続ける。


「消毒液の代わりになってくれると思うんだが……」


文殊丸は瓢箪の中身が空になるまで続けた。


かたじけない、それがしの不覚によりご迷惑をお掛けし申した」


やがて、十助が油汗を額に浮かべたまま文殊丸に言った。


「何言ってんの。十助さんが居なかったら俺死んでたよ、間違い無く」


文殊丸は十助に答えた。その声を聞いて十助が上半身を起こし始める。


「文殊丸殿のお蔭で、大分出血も止まりました。そろそろ主の下に戻らねば、無用の心配を掛けさせてしまいますな」


十助が気丈に言って立ち上がろうとするのを、文殊丸は右側から肩を貸そうとしてふらついた。


「おふっ。かなり強いな、この焼酎……。て、おおぉう!!」


ふら付いた文殊丸を更に右側から白銀の柔毛が支える様に並び立つ。


「先輩、すんません。お手数お掛けします」


文殊丸はそう言って支える様に並び立った疾風に礼を言う。が、疾風は相変わらず何処吹く風といった構えだ。

そこへ凛が十助の左手首を抱えて歩み寄ってくる。


「少女と生手首って、シュールな光景だな……」


文殊丸が思わず呟く。


「何を言っているのかは解らないけれど、不謹慎な感想を述べているだろう事は容易に想像できるわ」


凛は一瞥して文殊丸の感想をなすと、十助の前に立つ。


「忠義の証に他成りません。事が落ち着いたら、丁重に供養しましょう」


凛は十助にそう言って、懐紙に包んだ左手を両手で渡す。


「お凛様、様な物に御手を汚されずとも宜しいですのに。恐悦至極に存じます」


十助は受け取って懐へ仕舞い込むと、深々とこうべを垂れる。

そんなシュールな遣り取りが終わると同時に、篝火の奥から荒い吐息と共にうごめく物体が近づいてくる。


「フーッ!ヒーッ!フーッ!!」


騒がしい足音と共に、息の荒さとは不釣り合いな鈍重さで物体は近づいてくる。


「あん?なんだありゃ……?」


十助の脇を支えながら、文殊丸は繁々と近づく物体を観察した。


彼奴きゃつは、飛騨守!!」


十助はそう言うと、睨み付けて激しい感情を視線に込めた。

脇で支える文殊丸にも、十助の忸怩じくじたる感情の震えが伝わってくる。


「ヒーッ!フーッ!ヒーッ!!」


白塗りの顔は、吹き出す汗で収拾の着かない状態になっている。寒空の下で背中から湯気を発しながら着物も着崩したままやって来る。

飛騨守は文殊丸達を視界に認めると、立ち止まって膝に手を置いて肩を上下させる。


「フーッ!ヒーッ!フーッ。お、お主らは竹中の薬師ではないかっ。フーッ、百曲口は敵方の手には落ちていないと聞いておる。お主らも百曲口より落ち延びるつもりであろう?」


飛騨守が文殊丸に向かって訊くと、文殊丸は言い返す。


「悪りぃな。お前の逃避行に付き合ってるヒマは無いんだわ。一人で勝手に転がってけよ。何なら後ろから蹴って勢い付けてやってもイイぜ?」


十助の怒りを察して文殊丸は飛騨守をあおる様に言った。


「フーッ!なっ、薬師風情が。もう直にこの城も落ちる。竹中が手勢を掻き集めた所で高は知れておるわ!」


飛騨守は吐き捨てる様に言って文殊丸達の後ろに見える門へ向かって歩み出そうとした。その時、


「フーッ。おや、その布はお前の様な小娘には不釣り合いという物ではないか?」


十助の隣に居た凛が黒髪を縛る為に使っていた、黄色い艶やかな布に目を遣る。


「これは亡き父御ててごの形見に御座る」


答えに窮していた凛に代わって、十助が即座に答えた。


「フーッ!その黄色い天鵞絨てんがじゅうは、そうそうこのもとに出回っている代物ではないわ。良い手土産を見つけたましたよ。きっと隼人佐様も喜ばれますよ、お凛サマ……」


飛騨守はそう言いながら下卑た笑みを満面にたたえ、凛の腕を掴んで連れ出そうとする。


「おい、待てコラ何勝手してくれてんだ!!」


文殊丸が十助に肩を貸したまま声を張り上げる。

飛騨守は文殊丸の声を無視して凛を掴んで、百曲口の門へ向かう。と、その時


「私は行かないって、言ってるでしょう!放しなさい!!」


腕を掴まれて引っ張られていた凛が飛騨守に蹴りを入れながら叫んだ。


「フーッ。あなたがここに居るのは、竹中の企みですか?それとも西美濃三人衆の謀議ですか?いずれにせよ、隼人佐様の障害になる者は排除しなければなりませんからねえ」


少女の抵抗は巨体の飛騨守には、虫の羽音にも満たない様だった。


「黙りなさい、この不忠者!私の父や兄弟を殺めてなお……」


凛が感情を爆発させて言いかけた途中で飛騨守が凛の腕を掴み上げる。


「フーッ。悪い様にはしないとは言い切れませんが、五月蠅いのは面倒なんですよ」


完全に体が宙に浮いた凛に向かって、飛騨守が冷たく言い放った。


「この不埒者を成敗しなさい!!」


凛が文殊丸に向かって叫んだ。


「えぇっ?俺無理っす、人殺しとか。ヒットマンじゃないし……」


と文殊丸が動揺していると、文殊丸の肩を借りて寄り掛かっていた十助が、


「不義不敬にも程がある!」


言うと同時に、素早く右手で文殊丸の腰にあった小太刀を逆手に抜刀して踏み込むと、凛を宙吊りにしていた飛騨守の腕を肩口から切り落とした。そしてその返す刀で、腕に付けていた白珠の腕飾りを親玉ごと二分して砂利敷きに飛散させた。


「あぎゃぁー!!う、う、腕があぁー!!」


飛騨守が叫び出すと同時に、赤い飛沫しぶきが空を舞う。

文殊丸は放り出されて砂利敷きへ座り込んだ凛を、抱きしめる様にしてその視界を塞ぐ。

十助は更に踏み込んで間合いを詰めると、一刀の下に飛騨守を首と胴に二分して咆哮した。




「我が主を侮辱した罪、その身であがなえ!!」


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