22.真冬の花火師
「おや、竹中様。もうお加減はよろしいのですか?」
水の手口の門前で、通りすがりに警備の男が声を掛ける。
「あはは。いやー、何か寒気が止まらなかったんですけどね。薬師様から頂いた薬用酒を飲んだら、そりゃもうあっという間に元気になっちゃいましてね。やっぱり凄いですよね最先端の薬術って。この寒さも一杯飲んだら吹っ飛んじゃいますよ、きっと」
久作はそう言って両手に持った徳利の一つを眼前に掲げる。
「ほうー。そんなに凄い効き目なんですか。この寒さだと我々もご相伴に預かりたいものですな、はっはっは」
男が羨まし気な視線を徳利に向けながら社交辞令を返してきた。久作は待ってましたとばかりに、
「いやー、流石に紀伊の国から呼び寄せただけの事はありますよ。美濃近辺じゃ滅多に入手できませんからね。先程使いの者に持たせて、龍興様にも献上したところなんですよ」
そう言って酒の値を釣り上げる。
「左様に御座いますか。それはさぞ龍興様もお喜びになりましょう」
男の視線は徳利に釘付けだ。それを見計らって久作は言う。
「この底冷えの中、皆さんも大変ですよね。あ、気付きませんで申し訳ない。こちらは余り物ですが、もしよろしければ防寒に使ってください」
如何にも今気づきました風に装って、右手の徳利を男の胸元へ差し出した。
「よ、よろしいのですか、こんな高価な物を頂いてしまって」
男はそう言いながらも、徳利を掴んだ両手を放す素振りも見せない。久作は更に追い打ちを掛ける。
「あんまり大っぴらには宜しくないですからね。番所の皆さんで飲ってくださいね」
そう言ってから久作は徳利から手を放した。
「これは、お気遣い頂き申し訳ない。では早速皆で暖を取らせて頂きます」
男は顔を綻ばせて頭を下げると、閉ざされた門の傍らにある番所へ駆け込んでいった。
久作は男が番所に入るのを見届けると、番所と反対の茂みに身を隠して素手で穴を掘り始めた。
暫く掘り進めて、形成された穴にもう一つの徳利をその背丈の半分程の所まで埋めて地面に固定した。
「そろそろ出来上がってるかな?」
久作は茂みから脱して周囲を警戒しながら番所に向かって行く。近くまで来てから立ち止まって地面に転がっていた小石を掴むと、番所の入り口に向かって投擲した。
「おや?返事がありませんねぇー」
暫くして二つ目を投擲する。
「あら、全く返事がありませんねぇー。出来上がりましたよね?」
そう言って番所の入り口から中を覗き込んだ。六畳程しかない木造の小屋の中に、数人の男が倒れていた。口から涎を垂れ流したままの者、全身を痙攣させている者、言葉にならない譫言を吐いている者。そこには常軌を逸した光景があった。
「暫くそのままでいて下さいねー」
久作はそう言うと番所の隅に置いてあった火のついた脂燭を持ち出して、その明かりを頼りに門の閂を外した。そして閉ざされた門はそのままに番所と向かいの茂みに速足で潜った。
「誰も居ませんよねー」
そう言いながら周囲を見渡して確認すると、徳利の口から紙縒りを摘まみだして脂燭の火を移す。紙縒りは細い音を立てながら勢いよく燃え出した。
「うわ。急がなきゃ!」
久作は茂みから飛び出してそのまま駆けだした。その直後、音を立てて茂みから赤々とした大きな火柱が立った。走りながら振り向いて火柱を確認すると久作は、
「あとはお願いしますよ」
そう言って暗闇に姿を消した。
暫くして、水の手口の門が外から開かれた。そこには重々しい音を立てながら歩み入る、数名の鎧武者の姿があった。