19.劇団大根役者
半兵衛は鼻歌混じりに紙の包みを次々に開いていく。包みの中身は黒、白、黄と色の異なる粉状の物体だった。
「なんだこれ?」
文殊丸と久作はそれぞれに粉を見つめる。文殊丸は黄色い粉に鼻を近づけると、
「くっさ!何だこの匂いは!!」
鼻を摘まんで顔を顰めた。
「あぁ、これは湯の華を精製した物だよ」
半兵衛は三つの粉を混ぜ合わせながら答えた。混ぜ終えると、久作が飲み干した徳利の中にその大半を移し、少しを包みの紙に残したまま紙縒り状に紙を撚っていく。
「よし、こんなものかな」
半兵衛は紙縒りを徳利の口に突き刺して言う。
「何すんだ?これで?」
文殊丸は半兵衛に聞く。
「ふふふ、それは後でのお楽しみだよ。じゃ、これは久作が持っていってね。手筈通りに水の手口の門へ行くんだよ」
半兵衛はそう言って久作に徳利を渡した。
「承知しましたー!!」
久作は半兵衛に答えると、文殊丸に満面の笑みを見せる。
「なんだよ、俺は蚊帳の外かよ」
文殊丸は不貞腐れて言う。そんな文殊丸を他所に半兵衛は次の作業に取り掛かる。腰に下げていた印籠から小指の爪程の白い塊を出すと、治療の為と称して持ち込んだ薬草と一緒に薬研で潰し始めた。
「ふー、結構疲れるね。十助、交代」
半兵衛はそう言って自分の居た場所に十助を座らせて作業を続けさせる。船形の器に移された干からびた草と白い塊が、石の車に潰されて轢かれるたびにその破片を細かにしていく。そんな作業を繰り返す十助の手元に視線が寄せられていた時、
「殿、隼人佐様からの使いの方がお見えになられましたが、如何致しましょうか。」
建屋の外で警護していた供廻りの一人が半兵衛に耳打ちした。
「わ。久作急いで。文殊丸も!」
慌てて言いながら久作に筵を被せて横たわらせる。そして文殊丸を久作の傍に引っ張り座らせて言う。
「いいから、治療しているフリしててっ」
半兵衛は身なりを整え、前髪を多めに前に垂らしてから久作の枕元に座り、神妙な面持ちで
「どうぞ、お入りください」
低い声で来訪者に立ち入りを許した。
引き戸が開かれ来訪者が姿を現す。黒い着物に薄汚れた袈裟を掛け、左手に二巻き程の黒光りする数珠を握った老木のような人物が入ってきた。
「御免。竹中様におかれましては弟君の容態芳しく無く、心中お察し申し上げる」
男は挨拶の口上を述べると、数珠を巻いた手を合わせて半兵衛に一礼をした。
「拙僧は、残夢と申す。旧知の縁で長井隼人佐道利様の下に逗留させていただいておりまする」
残夢は名乗り、半兵衛の目を覗き込む。半兵衛はいかにも焦燥し切ったような面持ちで残夢の顔を見返して言う。
「これはこれは、ご高名な日白残夢殿でございましたか。お噂は予予伺っております。して、その残夢殿が如何な御用向きで?」
残夢は半兵衛の視線を軽く受け流すように文殊丸に視線を移すと、
「此度、弟君への治療に新たな薬術を用いられると伺い、我らも衆生の救済に身を賭す者としてその奥義の一片をご教示願いたくお伺いした由。ご心労只ならぬ事とはお察し致すが、如何であろうか」
再び半兵衛に目を移して言った。
「ふむ、なるほど」
半兵衛は言ってから暫し黙って文殊丸を見る。傍らに座っていた文殊丸は久作の左の手首に自身の右手を添えて脈拍を取っている。
「竹中様、弟君が落ち着かれるまでにはもう少し時が掛かりそうです。暫く経過を診る必要があります」
文殊丸が然も診察していますよ的に言う。それを聞いて久作は譫言のように小さく唸る。半兵衛はぐるりと部屋の中を見渡して言う。
「残夢殿の志の高さには感服致します。しかしながら、現在のところは御覧の様にございます。二刻程(約四時間)時を頂ければと存じますが、いかがでしょう?」
それを聞いた残夢は
「相分かり申した。それでは、二刻後。薬師のお二方に鐘の丸へお見え頂きたくお願い申し上げる」
そう言って手を合わせて一礼すると静かに消えるように引き戸から姿を消していった。その光景に部屋の中にいた一同が呆気にとられる。すると、
「も、もういいですかね?まだダメですかね?さっき飲んだのがもう出てきそうで」
小声ながらも急かすように久作が文殊丸に問いかける。
「あ、ああ。もう大丈夫だろ……」
惚けた顔で久作の手首を掴んだままの文殊丸が我に返り、久作に言った。そんな二人を見ながら半兵衛は、
「それにしても、大根役者にも程があるね。酷すぎて見ていられなかったよ」
あっけらかんと笑い出した。それを聞いた文殊丸は、
「おいおい、主演男優賞貰える名演技だったろうが」
半兵衛に言い返す。そんなやり取りを横目に久作は慌てて外へ駆け出して行った。
「それじゃ、二刻後に鐘の丸だよ。よろしくね」
半兵衛は何も無かった様にさらりと文殊丸に言った。
「え?マジっすか?俺何も教えられないんですけど」
文殊丸はそう言いながら十助の方を見る。十助は一心不乱に薬研車を轢いている。が、舟形の器には何も入っていなかった。
「おいおい、こっちにも大根役者がいたのかよ」




