表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国草子異聞奇譚  作者: BRACHIUM
異聞編 第一章
17/81

17.潜入(下)

 門番を先頭に半兵衛一行は大手門から少し離れた屋敷の中庭へ移動させられた。屋敷の作りは他所のものと比べると、建てられてから日が浅いものだと見受けられる。壁板の日焼けの薄さや屋根瓦の経年による汚れの少なさが如実に語っている。宛がわれている敷地の広さも、近所の屋敷の四倍はあろうか。垣根と生垣で仕切られているが、通りに面している生垣の長さが隣のものよりも明らかに長かった。武士とはいえ、そのほとんどが半士半農であるという。半兵衛も菩提山に居館を構えているとはいえ、領民からの陳情に骨を折るといった場合を除いて、平時は晴耕雨読の日々であった。その辺からして、待遇の違いがはっきりと見て取れた。



 「菩提山城主、竹中重虎殿が献上品を納めにお見えに御座います」


門番が中庭にひざまずいて、屋敷の中へ向かって声を上げる。門番の後ろに二つの長持ちが並んで置かれ、半兵衛を先頭に文殊丸と十助がその後ろに、更に少し下がった所に供廻りの衆が跪いて控えさせられた。


「ふぅー。菩提の山奥から遠路遥々大儀ですね。龍興様への献上品との事ですが、ふぅー。粗相の無い様に中身を改めますよ」


耳障りな甲高い声と共に、屋敷の中から男が数名の従者を伴って中庭に面する縁側までやって来た。

文殊丸は跪いたまま顔を上げて声の主を見る。丸々と肥えた体を揺らしながら小柄な男が縁側に座り込んだ。てかてか光る華美な着物に白塗りの顔。顔が浮腫むくんでいる為か目は細く、眉毛の辺りに黒丸が二つ所謂いわゆるマロ眉だ。そして品の無いチョビ髭。そんな男が縁側に腰かけて、短くて地面に届かない足をプラプラとさせている。その姿を見て文殊丸が


「ぷっ。何だあれ?あっちも仮装大会の参加希望者?」


思わず半兵衛に聞いた。


「しっ!笑っちゃダメだよ。あれが斎藤飛騨守なんだ、機嫌損ねると面倒な事になるからね」


文殊丸は笑いをこらえるのに必死だ。肩を細かく震わせながら下を向いているしか出来なかった。


「ふぅー。それでは竹中殿、目録と中身を確かめますよ」


そんな文殊丸を尻目に、飛騨守は半兵衛に中身の説明をさせる。半兵衛は懐から折り畳まれた紙を取り出して、中身を読み上げ始めた。京から取り寄せた着物や反物。山国の美濃では希少な干しあわびなどの乾物類。奥の者たちが欲する希少な香木。そして和漢の古書など。半兵衛が読み上げると、それに合わせて飛騨守の供廻りの者たちが長持ちの中身を飛騨守へ提示する。


 一箱目の中身を提示して終わった所で、半兵衛は目録の紙を畳んで懐へ仕舞い込んでしまった。

すると、それを見た飛騨守が


「ふぅー。まだもう一箱残っていますね」


不敵な笑みを浮かべて半兵衛に先を促した。すると半兵衛は、


「そちらの中身は我が愚弟、久作の見舞いの品と新しい治療の為の薬草類になります」


そう説明するだけで長持ちを開ける指示は出さなかった。


「おや?やましい物が入っているから、中身は見せられぬと言うのですね」


飛騨守は品の無いチョビ髭を指で摘まんで愛おしみながら言う。半兵衛は自ら進み出て長持ちに歩み寄り、蓋を開けて中身を説明し始める。


「こちらは久作の替え着です。そして、治療に用いる薬草。こちらは薬草を煎じるための薬研やげんとその調合書」


中身を自らの手で掲げながら説明していく。


「そして、調合した薬湯を詰める徳利。残りは供廻りの者達へのねぎらいの為に、酒を幾許いくばくか持参しております」


半兵衛の説明が終わると、飛騨守は縁側に立ち上がって長持ちの中身が空になっているのを確認する。


「ふぅー。取り敢えず怪しい物は含まれていないようですね。後程登城しますから、献上の品々は当方で預かって置きますよ」


飛騨守はそう言って意気揚々と屋敷の奥へ戻りかけたその時、


「ネコババするつもりなんじゃね?」


文殊丸が十助に聞いた。十助はやれやれと言った顔で文殊丸をたしなめたが飛騨守には聞こえていたようだ。飛騨守が細い目を更に細くして、忌々(いまいま)し気ににらみ付けながら文殊丸に言う。


「ふぅー。躾が行き届いて無いのがいるみたいですね」


飛騨守の声音が更に上がって聞こえた瞬間、半兵衛は地面に伏し深々と頭を下げた。


「この者たちは、久作に新しい治療を施す為に紀伊きいの国より呼び寄せた修験者しゅげんじゃに御座います。山に住まいてもっぱら薬術に没頭しておりました故、俗世にはうとい者たちで御座います。無礼の段、平にご容赦願います」


すると飛騨守は庭に降りて、伏した半兵衛の後頭部に草履ぞうり履きの右足を載せて上から踏みつけた。


半兵衛の透き通るような白い顔が地面に圧し付けられる。


「ふぅー。躾が行き届いていないのは飼い主の責任ですよね。飼われている家畜には何を言っても意味が無いでしょう?」


その姿を見て文殊丸が飛び出そうとする。が、半兵衛は頭を踏みつけられたまま右手を小さく振って文殊丸を制した。飛騨守は踏みつけた右足に更に力を込めて踏みつける。


「ふぐっ。こ、この者達の力が、それがしの愚弟には必要なのです。ひ、平にご容赦をっ……」


半兵衛はただひたすらに平服していた。飛騨守はその言葉を聞いて、優越感に浸った満足そうな笑みを浮かべると


「ふぅー。今日のところはいいでしょう。さっさと行きなさい」


半兵衛の頭を更に一踏みしてから屋敷の中へ姿を消した。

 半兵衛の顔は土にまみれて、額は擦過傷が残る酷い有様だ。


「すまねぇ半兵衛。俺が余計な事を口走ったばっかりに」


文殊丸が自分の浅慮を半兵衛に謝罪する。しかし半兵衛は


「それは想定内の事だよ。キミをここに連れてきた時点で、こうなる事は判り切っていた事だしね」


そう言いながら半兵衛は、何事も無かった様に取り出した懐紙かいしで顔を拭っている。


「その、なんだ。顔にまで傷付けさせちまって、本当に申し訳ない」


何時に無く真剣に謝る文殊丸の姿を見て半兵衛は


「え?もしかしてキミは責任を取ってくれるのかい?」


冷やかす様な言い方で文殊丸を気遣う。


「何か物凄い責任の取らされ方させられそうだな。恐ろしすぎてそれは遠慮しておく……」


文殊丸は罰の悪い顔をして言うと、立ち上がる半兵衛に手を貸した。そんな文殊丸に半兵衛は、はにかんだ笑みを向けた。


 こうして井ノ口城への入場は達成された。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ