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戦国草子異聞奇譚  作者: BRACHIUM
異聞編 第一章
15/81

15.決起


 「痛ててててっ、俺が悪かったって。いや、すみません。放してください、オネガイシマス……」


半兵衛に思いっきり右耳をつねり上げられ、涙目で文殊丸が言う。


「殿、お気をおしずめ……。あいや、それがしの不徳の致すところ……」


隣り合わせで十助が、左耳を抓り上げられながら謝罪する。そんな二人に半兵衛が言う。


「ふんっ!別にボクは怒っている訳じゃないんだよ。怒ってなんかいないんだよ?」


言っている事とやっている仕打ちが全く逆だ。その理不尽さに抵抗しようも、流石に長身の半兵衛に抓り上げられると赤子同然か。二人はされるがままだ。


「十助は勿論だけど、文殊丸。罰としてキミにもついてきてもらうからね。嫌とは言わせないよっ!」


怒っていないと言いながら語気はすこぶるる荒い。文殊丸は半兵衛に気圧けおされ反論の意気を失う。


「は、はい、喜んで……お供させて頂きます」


文殊丸は内容も聞かずに即答した。その返事を聞いて半兵衛は、


「ボクは決して、怒ってはいないんだよ?」


そう言って二人の耳を開放したものの、その表情は強張ったままだ。


「明日の昼、くちの町に集合だよ。いいね」


半兵衛は文殊丸の鼻先に人差し指を突き付けて、待ち合わせ場所を指定した。そして、半兵衛は連れて来ていた供廻りの者達に長持ながもちを担がせて、自身の館へと引き揚げていった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 明けて翌日、文殊丸は半兵衛の指示通り井ノ口の町へ相棒の疾風とやって来た。井ノ口の町とは、稲葉山に築城された井ノ口城の城下町である。町の出入り口に当たる大門に差し掛かった所で、文殊丸は声を掛けられた。


「文殊丸殿、こちらです」


文殊丸が声の方へ顔を向けると、そこには十助がいた。


「十助さん、何その恰好。ハロウィンでもやるの?」


文殊丸が十助の服装を頭の天辺から爪先までをなぞるように眺めながら聞いた。


「これも、我が殿の策の一部と聞いておりますゆえ。行きますぞ」


そう言った十助の先導で、文殊丸は疾風をきながらついて行く。

 白地の着物に黒いボンボンの様なものを首から掛けていて、頭に黒くて小さい箱をくくりつけている。歴史的知識が乏しい文殊丸には、十助の恰好がそう見えた。所謂いわゆる山伏やまぶし姿なのだが。


「ここです、どうぞ中へ」


 十助が大きな建物の前に立ち止まって中を勧める。入り口の構えがしっかりとした、大きな作りの木造平屋建築物だ。一畳程の大きさの布に染め抜きで『旅籠はたご』と書いてあるものが入り口脇の引戸に看板のように掲げられている。

 文殊丸は軒先に疾風を繋いで、進められる儘に建物の中へ歩み入る。土間で草鞋わらじを脱いで足を拭き、板の間の廊下を奥へ行く。廊下から見える中庭に、白抜きの丸い家紋の入った木製の箱が二つ鎮座しているのが見えた。そしてその反対側の座敷からから声が掛けられた。


「文殊丸、こっちこっち!」


声のする方へ文殊丸が顔を向けるとそこには、烏帽子えぼしを被り直垂ひたたれ姿で正装した半兵衛がいた。


「お?カッコイイじゃん」


思わず文殊丸は半兵衛の美丈夫ぶりに感嘆の声を上げる。


「何となく嬉しくないね、その言われ方。キミが褒めてくれているのは十分に伝わってくるんだけどね、非常に複雑な心境だよ」


不機嫌そうに半兵衛が訳の解らない心境を吐露した。


「早速だけど、キミにもこれに着替えてもらうよ」


そう言うと半兵衛は白い着物と小物を文殊丸に手渡す。それは十助が身に着けている物と同じものだった。


「え?俺も仮装大会に出席するの……?」


文殊丸がぼやく。


「当然でしょ。嫌とは言わせないよ。キミにも共犯者になってもらうんだからね」


半兵衛が不敵な笑みを文殊丸に向ける。


「おいおい、物騒な言い方だな。ってか物凄く悪企みしてる顔にしか見えないのは、気のせいか?」


半兵衛は文殊丸の問いに知らん顔をして言う。


「何か言ったかな?」


「いいえ……。ナンデモアリマセン」


文殊丸は半兵衛に細い目で見られて、渋々着物に袖を通した。文殊丸が着替えて終わると半兵衛は、


「万が一の為にこれも渡しておくよ」


言いながら黒塗りの鞘に収められた短い刀を文殊丸に渡した。


「山伏が太刀を持っているというのは余り見かけないけど、護身用の小太刀なら珍しく無いからね」


文殊丸は半兵衛にそう言われて、鞘から刀身を抜いて中身を改めた。


「あれ?これって……」


文殊丸の表情を見て半兵衛が言う。


「源爺が自信作だって言ってたから、キミを護ってくれると思うよ」


長さと言い、身幅と言い、反りの少なさも見た事のあるアレだ。


「これってホントに切れんのかよ?」


文殊丸は一抹の不安を覚えた。

 そんな文殊丸を尻目に半兵衛が中庭に目配せすると、中庭に置いてあった長持ちを数名の男たちが担ぎ上げる。そして、半兵衛は静かに出立の声を上げた。


「それじゃぁ、行こうか」






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