14.白餅の紋
枯葉色の山々の、その先端が絣のように淡く白に染まり、吹き下ろす凍てついた風が吐息までも白くする。立ち込める分厚い凍雲から、舞い降りる純白の綿雪が、山々の麓にも冬の盛りを知らせる。
半兵衛と十兵衛が連れ立って竹林を訪れてから、数日が過ぎた日の事だ。
「完成したと聞いて、急いできたよ」
半兵衛がそう言って、目を輝かせながら工房へ飛び込んできた。遅れて十助も入って来る。
あの日、妙案を思い付いたと言って工房へ向かった半兵衛は、何やら源次に作り物を依頼していたようだ。源次は久々に?腕が鳴ると言って、相当に張り切って挑んだ力作らしい。
工房の板の間に、木製の大きな箱が二つ並んでいる。長さ180センチ、奥行70センチ、高さ70センチ程の箱だ。そして、その箱に誂えられた蓋。蓋の脇に付けられた金具に閂のように通された長竿。所謂、長持ちという道具だ。着物や調度品などを入れて保管するという機能と、竿の両側を担いでそのまま移動するという運搬機能を有する道具だ。
「ふむふむ、いいね、いいね!」
周りをぐるりと回りながら外観を、蓋を開け中を確認して、半兵衛はご満悦だ。
「この段に隙間を設けて、上げ底にして居ります。故に、この下の段に趣の異なった物を入れ込む事が可能にございます」
何やら、源次が得意気に補足説明しているようだ。そのやり取りを聞きながら、文殊丸はふと気付く。長持ちのど真ん中に、墨で黒地に白抜きのまん丸の印があるのを。
「なんだ、この印は?」
文殊丸が繁々と小首を傾げながら見ていると十助が、
「白餅の紋にございますな。我が殿が先般、これにより危難を逃れた故、家紋として用いる事にすると言われまして……」
どことなく十助が歯切れの悪い言い方をする。
「半兵衛んとこの家紋って、いつもの羽織についてた葉っぱみたいなのじゃなかったっけ? 新しく使い始めたってこと?」
文殊丸が十助に問う。
「左様。何ともはや……」
眉間に指を番えながら十助は語り出した。
半月ほど前の事である。美濃国内へ侵攻してきた織田軍の先兵と、哨戒中だった半兵衛の部隊が小競り合いとなった。その最中、織田軍の放った矢の一本が、軽装で具足を付けていなかった半兵衛の胸に突き立ったという。そう、文字通り突き立ったのだと。しかしながら、半兵衛は倒れる事も無かったという。
「え? 怪我しなかったの?」
文殊丸は十助の説明に目を丸くする。
「……えぇ、懐に忍ばせていた豊満な鏡餅に矢が当たりまして。危うく難を逃れた次第で」
十助が小声で、事の真相を明らかにする。
「豊満な鏡餅を懐に?……って、偽乳かっ!!」
文殊丸が反射的に大声で突っ込んだ瞬間、半兵衛が十助に蹴りを入れた。
「ボクが気にしていることを……」
半兵衛がわなわなと怒りを表層へ露わにしてくる。すると慌てて十助が取り繕う。
「あいや、殿。これは、文殊丸殿に聞かれたからお答えしたまで……」
十助がしどろもどろに説明した。そんな、十助に文殊丸が助け舟を出そうとしたが、
「良かったじゃん貧乳で。お蔭で命拾いしたじゃねぇか」
火に油を注いだ。否、ガソリンか。
工房が修羅場になる予感を察して、源次はそそくさと鍛冶場へ避難した。




