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戦国草子異聞奇譚  作者: BRACHIUM
異聞編 第一章
13/81

13.季節外れの桔梗(下)


 突拍子も無い文殊丸の言に、二人は何を言っているのか解らない様な顔をして見合わせる。


「だってさ、斎藤家って要は神輿みこしみたいなもんじゃね?そもそもが、担がれてる神輿が土岐さんから斎藤さんに変わっただけで、担ぎ手は変わってないんだろ?」


文殊丸は当然の様に言って退けると、さらに続けて言う


「無能な経営陣が取締役会で首をげ替えられるなんて、ざらにある話だぜ?」


文殊丸は、囲炉裏の灰を火箸でならしながらそんな事で悩んでるのか、とでも言いたげに言った。


 確かに、文殊丸の言うのも一理はある。だが、この世界においてそれを成し得るには相応の障害がある。この世界の倫理が許さないのだ。つまり、大義が立たないと言う事だ。文殊丸がいた世界であれば、無能だったからの一言と、業績という結果が伴えば周囲も納得し得るであろうが、この世界ではその結果だけでは裏切り者のそしりりと、潜在的に存する倫理的な嫌悪は拭いようがない。君臣としての行動の正当性と道理、根拠を明確にできなければならないのだ。半兵衛と十兵衛は、文殊丸の言葉の全ては理解しようも無いが、その意図は十分に汲み取れたように頷いていた。


「とはいえ、大義名分が無いのは先に不安の芽を残す様なもの。早計やも知れぬな」


十兵衛がゆっくりと顔を上げて続ける。


「不忠の者が大名の座を奪ったなどと噂でも立てば、それこそ不忠の者を討つという大義名分にて、他国から攻められよう。それでは元も子もあるまい」


十兵衛は、文殊丸にこの世界の在り様を諭すように言った。


「神輿が替わるにしても、次の神輿をどうするかも問題なんだよね」


半兵衛は別の懸念を提示した。


つまりは、仮に現当主の龍興が退いたとして次の当主に誰がなるのか、という問題だ。


「龍興様には、未だ御子は居られぬしな」


十兵衛が答える。


「そうすると、やっぱり神輿は当分このままになるのかな」


打開策の見えない状況に半兵衛と十兵衛は口をつぐんだ。


「領国内が滅茶苦茶なのに、見限るにはまだ早いってか。ガンは早く取り除いた方がいいんじゃね?早く取り除かないと、転移して後々面倒な事になるかもしんないぜ?」」


文殊丸が停滞する場の空気を変えようと、茶化す様に言った。しかし半兵衛はそれをたしなめもせずに言った。


「そうだよ、……それ。見限るにはまだ早いんだよ」


何かを思い出した様に呟くと、半兵衛の目にほのかな明るさが戻ってくる。


「早急に排除しなければならないものがあるのも事実だよ。あまり放っておいて、手遅れになってから後悔しても仕方の無い事だしね」


半兵衛は文殊丸の言葉に勢いを得たように言う。その様子を見ていた十兵衛は、やはりそうなったか、とでも言いたげに相好を崩すと半兵衛に言った。


「半兵衛殿の仰った通りですな。彼に一目置く理由が解った様な気がしますな」


その言葉に半兵衛は満面の笑みを咲かせると、


「善は急げだね。妙案を思いついたから、源爺のところに行ってくるよ」


と言ってその場を辞すると、工房へ走って行ってしまった。残された文殊丸と十兵衛は顔を見合わせる。


「それでは、それがしもそろそろ戻ることにします」


そう言って十兵衛は席を立った。そして文殊丸もそれにならうように席を立ち、十兵衛を見送りに外へ出る。文殊丸は十兵衛と連れ立ってうまやに向かった。


「あのの行く末が気掛かりでしてな。文殊丸殿には、彼女の力になってもらいたい」


十兵衛が竹林の風に吹かれながら祈るように言った。


「あぁ、ちびっの事なら万事任せてもらっていいと思いますよ。半兵衛に、源爺や葉さんもいることだし」


文殊丸は、他力本願丸出しで太鼓判を押す。その言葉に十兵衛はふっと意味深な笑いを文殊丸へ向けた。


「お凛様の事は言うまでも無い。某が案ずるのは、もう一人の方だ」


十兵衛は言いながら、厩から馬の手綱を曳いて出て来た。そんな十兵衛の姿を見ながら、文殊丸はいぶかし気な顔をすると、


「葉さんの事?」


文殊丸は、十兵衛の言葉の意味を取り違えたと思い、聞き返した。


「半兵衛殿の事だ」


十兵衛はそう言うと、馬に跨った。文殊丸は言われている意味が解らない。


「彼女は、亡き兄上の跡を見事に務め上げておられる。本来であれば弟御おとうとご久作きゅうさく殿辺りが跡を継ぐこともできたであろうに、何の因果か。久作殿は稲葉山へ差し出されたまま故、心中察するに余る」


やっと、文殊丸の中でまとまらなかった違和感が収束し始めた。


「余りに鋭敏な才は、人を傷付け易い。そして、余りに鋭利なやいばは、もろく欠け易い。呉呉くれぐれも、お頼み申す」


そう言って十兵衛が馬の腹をあぶみで蹴ると、勢いよく馬が駆け出した。



そうして十兵衛の背中の桔梗紋は、竹林の向こうへと消えて行った。


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