第十話 ダ、ダメだよ!思春期の男の子の心を読んじゃ!!
「よ〜し、次の試合も中々に見物だな。二人とも、獲物は何がいい?好きなもんを出してやるぜ。」
「んじゃ、俺は剣で頼むぜ。もちろん、世間一般の剣と変わらねえんだろ?」
「そりゃな。ほれ。」
そう言って、先ほどの試合の前と同じように、恭祐が注文を述べるとすぐさま赤羽先生の手元に一本の剣が出てきた。ちなみにこの剣、何もせずに使ったら何にも切れないんだよ。安全でしょ?
この世界での武器は、大体が魔力を込めなきゃまるで意味をなさないものなんだけど、魔力を込めることで普通の切れる剣として使えるようになるんだ。だから、魔法以外の攻撃手段ができるようにはなるけど、杖みたいに魔力を増幅したりはしてくれないんだ。ついでに、魔力を込める量で威力も変わって来るんだよ。いい武器ほど、少量の魔力でも強い威力を発揮できるんだ。
でも先生、だからと言って杖と同じ要領で投げ渡すのはどうかと思うんだよ。
「んじゃ文月、お前はどうするよ?」
「そうですね〜、んじゃあたしはマジック・マテリアルにしてもらえますか?」
お、これはまた渋いチョイスだね。マジック・マテリアルっていうのは、いわゆる魔力の塊。扱い方を覚えたら、その塊から魔力を引き出して自分の魔力を使うことなく魔法がつかえるっていう寸法さ。自分の魔力がそこをついたときには、魔力の補給にも使える便利な代物さ。
でも、こういう一対一のバトルでそんなにそこが尽きるほど魔力を使う人は滅多にいないから、もっと違うものを使ったほうがいいと思うんだけどな。そんなに燃費の悪い戦い方をするのかな?
「よし、マジック・マテリアルだな。ほれ。」
赤羽先生は例の通りマジック・マテリアルを作り出して、それを遙に投げ渡す。
「んじゃ、試合を始めるぜ。フィールドはさっきと一緒じゃ面白くないからな。少し変えてもらうとするか。」
赤羽先生が二人から離れると、辺り一体は草原から足場の悪そうな岩ばかりの辺境地帯へと姿を変えた。中々に障害物がいっぱいあるフィールドだね。これは恭祐の大好きなタイプのフィールドだ。
「よ〜し、いくぜ!始め!」
赤羽先生の大きな声が、辺り一体へと鳴り響いた。
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「トリック!」
赤羽の声とともに、俺はあたり一面に一気に十三個の陣を敷く。そしてその後すぐに後ろへと走っていく。まずは距離をとって相手の出方を見るとしようじゃねえか。
と、その前にフィールドの把握だな。辺り一体に大小様々な岩々。姿を隠すのも、砕いて攻撃に使うも使用用途は様々だ。だが、その岩々のせいで足場もかなり不安定なものになってる。あまり機敏に動けそうにはないな。
だが、それはあっちの不利に働くだけだ。おれはこんな足場だろうが関係なく動けるからな。
こっちのアドバンテージはそれだけじゃない。陣術使いにとっては、陣の上は自分の世界。その陣が発動していなくとも、その陣の上の状況は簡単に把握できる。あんだけの陣だ、踏まずに移動するもはまず無理。つまり、あいつが動けば俺はそれを簡単に察知できる。さて、文月は一体どう動くか……
「う〜ん、あたしならこう動くかな?」
不意に後ろから女の声。その声を聞いて、俺の全身は凍りついた。だが、反射的に次の瞬間その場から飛び跳ねて自分の背後を確認した。
「文月……一体なにしやがった?」
「ふふん、忘れたらダメだよん、神谷くん。君はもう気付いてるんでしょ?あたしが人の心を覗けるのは。」
まるで心を見透かしたような笑みを浮かべて俺を見る。否、十中八九本当に心を見透かしているのだろう。なるほど、それなら合点がいく。俺自身はどこに自分の陣を敷いたかは覚えている。それを心を読んでその位置を把握すれば、慎重に移動すればその陣の隙間を縫ってこちらに来ることも可能ってことだ。
「一体どういう魔法だ?」
「ダ〜メ、教えてあげない。まだあたし達は敵同士だからね。この試合が終わったら教えてあげるよん。」
鋭く睨もうとも、文月はどこ吹く風といった感じで笑顔でそれを流す。まるで心を読む方法の情報の尻尾も見せない。これはちょっと厄介だな。
「うん、そりゃあ神谷くんにとってはあたしって相当厄介だよね。いくら陣をすぐに描けるってはいっても、普通に魔法を使うのよりは勿論遅いからね。それ以前に、陣術は陣の上でしか発生しないから、どこに陣を作るかがバレたら意味ないだろうしね。」
全くもってその通りだ。俺の作図魔法は完璧に陣を描く場所を思い浮かべて発動しなければならない。だが、そんなことを考えてたら、すぐに文月にはよけられる。だが、かといって普通の自然操作系や物体干渉系に頼るわけにも行かない。そんなモン使ったって役に立ちゃしねえ。自覚はあるぞ、この野郎。だったら……
「武器に頼って接近戦、ね。嫌だな〜、あたしって接近戦ってまるでダメなんだよね。」
「そう思っても口に出すべきじゃなかったな。そんなことを言わなけりゃ、俺にはわからなかったんだがな。そうか、接近戦なら、俺は有利に戦えるんだな。」
ニヤリ、と俺は口元を緩めると右手に持っている剣を構えて魔力を注ぎ込む。どれほどの威力かは知らねえが、人くらいは最低でも切れるさ。
「さあ、行くぜ!俺の喧嘩殺法をなめんなよ!」
中学時代、喧嘩の成績は100戦99勝1敗。接近戦が苦手な女如きには負けねえぜ。
「おらっ!」
足場が悪かろうと、俺はこういう場所も慣れてる。うまく逃げることのできない文月との間合いを一気に詰め、俺は剣を文月めがけて振り下ろす。が……
「んな!」
「あはは〜、残念でした♪」
あっさりとかわされた。有り得ない、明らかに素人の動きじゃなかったぞ。まるで無駄のない最小限の動きでの回避だ。
「また忘れてるよ、神谷くん。あたしは心が読めるんだってば。」
「……クソがっ!」
その言葉を無視するように、俺は畳み掛けるような連撃を行う。が、結局どれも空を切るばかりだ。俺の攻撃の軌道さえも全部読んでやがるのか、こいつは!
「あはは〜、怒っちゃダメ、怒っちゃダメ〜♪」
俺をバカにするかのように大笑いする文月。畜生、すぐにでも一太刀入れてやる!
「ん〜、それは痛いから困るかな。それに、そろそろこっちからも攻撃したしね。」
さっきまでの大爆笑していた時の顔は、かすかな微笑みだけを残して真剣な顔つきへと変わる何をするつもりだ、こいつ?
「流石にまだ詠唱破棄はできないんだよね。……具現せよ、わが魔力、生み出せ、新たなる姿を!具現弓!」
文月が詠唱を唱え終えると、文月の周りに紫色の何かがにじみ出てきた。そして、それが踏みつきの手元でだんだんと固まって形になってきている。まさか……具現化系!
「じゃんじゃじゃ〜ん!遙ちゃん特製の弓で〜す!」
文月の手元で形成されたのは、純白の威厳ある弓だった。手弓のような小型のものではなく、放つ矢一つ一つが大きな威力を発揮しそうだ。
「接近戦じゃ、負けないけど勝てないからね。こっからはあたしの土俵だよ!」
そういって文月はまるで岩場など関係ないかのように素早く走り去っていく。くそっ、逃がすかよ!
「待てこら!」
「いやだよ〜ん、こっちまでおいで〜!」
この足場の悪い場所でも俺と同じ速度で走りやがる。こいつ、見かけによらずなかなかの運動神経だぞ。
「待てっつってんだよ!トリック!」
俺は文月の進行方向に陣を描く。が、それも読まれていたらしく、あっさりとターンをして進行方向を変えてかわした。だけどよ……
「関係ねえんだよ!オペレーション・ビギニング!」
陣は光を放って爆発を起こす。結果、あたりは砂埃が巻き上がり、視界はほぼ完全に閉ざされた。
「あれあれ?これじゃあ周りが見えないよん?あたしを捕まえるんじゃなかったの?」
「ふん、人の心ん中覗いてるくせに、わざとらしい物言いだな。」
俺はお前が弓を作り出した瞬間から、お前に接近戦を挑もうだなんて思ってねえよ。
「ふぅん、じゃあ一体どうするのかな?」
まったくわざとらしい奴だな。わかりきってんだろ?
「読心術もクソも関係ない。逃げ道がないようにお前を封殺してやる。」
どうせ陣術だってどちらかと言えば遠距離戦の魔法だ。同じ土俵でやり合ってやるぜ。
「へえ、流石だね。すごい自信だよ。でもさ、それじゃあ絶対あたしには勝てないよ?」
「言ってろ。第一、矢をロクに用意してない奴が、俺の陣術に勝てんのか?」
弓を自分で作ったことから、多分矢も自分で作るんだろう。だが、具現化系の魔法を連続でできるわけもなく、一気に大量に作れるはずもない。あれは高難度な魔法だからな。ゆえに作れる矢の数はせいぜい十数本が関の山のはず。しかも作るたびに詠唱をするのなら、こちらから攻める隙だって生まれるはず……
「いっくよ〜、はい、一発目!」
そんなことを考えていると、パシュッ、という音をたてて矢が飛んでくる。矢は正確に俺の右腕に。
「……マジかよ。」
この砂埃の中、正確に俺の腕を射抜いてきた。冷静にこんな風に呟ける俺に自分自身でビックリだ。
「って痛っ!ダメージはないんじゃねえのかよ!」
刺された腕からは血がにじみだし、もうまともに動きそうにない。つーかそれ以前に具現化系を詠唱破棄かよ。弓を作る詠唱が聞こえなかったぞ。
「あ、これって痛み生じるんだ。試合だからかな?じゃあ、あんまり苦しくないように、次は正確に首に。」
そんな声とともに、再びパシュッ、という音が聞こえる。次は首かよ!
「くそったれ!当たってたまるかよ!」
瞬時にしゃがんでその弓矢をかわす、だが、次の矢が正確に俺の首を射抜いた。
ドス、という音が響き、俺の体は地面に伏した。
「……あれ、なんで消えないんだろ?完璧に致死ダメージだと思うんだけど。」
あたし、文月 遥は、魔法で神谷君とその周りを調べてみた。うん、何回調べても生体反応はもうない。じゃあ、なんで彼は消えないんだろう。
「……五分経過。」
腕につけている腕時計を確認する。おかしい、赤羽先生も何も言わない。試合はまだ終わってないのかな。でも、ちゃんと神谷君は倒したよね。じゃあ、どうして?
「さあ、まだ俺がくたばってないからじゃないか?」
………………あれ?
後ろを振り向くと、そこには剣を肩に担いでいる神谷君の姿が。
「あれ、神谷君?なんで、ここに……」
「残念だったな。読み合いじゃあ、俺には勝てないみたいだな。」
それだけ言うと、神谷君はあたしの首筋に剣を当てる。
「お前はその魔法に頼りすぎてんだよ。それに、あんだけあの心読む魔法つかってりゃ、そのメカニズムもわかるっつの。」
それだけ言うと、神谷君は私の首を切り捨てた。あれ、でも全然痛くないや。
痛みは感じず、私はただこの世界からはじき出されて、現実へと戻ってしまった。
「勝者、神谷 恭輔!」
「うわぁ、さっすが恭輔。やるねえ。」
「……キョウスケなら当然。」
「あ、晶。お帰り。」
試合が終わると同時に、この世界から一回はじき出された晶が戻ってきた。負けるとなんだか面倒くさいね。
「どこら辺から見てたの?」
「……ほとんど終わる寸前。あんまり見れなかった。」
無表情ながら、どこか残念そうな表情で、ちょこんと僕の横に座る。
「それは残念だったね。すごく面白い試合だったよ。」
「……別にいい。まだ面白い試合が残ってるから。」
「それは僕の試合のことかな?」
「……うん。思い切り面白くやられることを希望。」
「応援して!せめてそこは応援してよ!」
と、そんな馬鹿な会話をしていると、先ほどの激戦を勝利した恭介が戻ってきた。
「よう、晶、キョウ。勝ってきたぞ。」
「うん、知ってるよ。見てたからさ。」
「……御苦労さま。二回戦目、ガンバ。」
あ、そうか。これってトーナメント式なんだよね。
「まあ、恭輔なら優勝も夢じゃないね。」
「そうだな。だが、お前はそんなことよりも自分の心配をしたらどうだ?」
「あはは、それもそうだね。」
ぺラ、と僕は自分のポッケにしまってた対戦表を取り出して開く。
僕の相手は……久瀬 智也。
「なかなかに成績も良かったみたいだぜ。まあ、このクラスでは、だがな。」
「相手にとって不足なし、かな?」
よし、と僕は呟いて立ち上がる。もうすぐ僕の試合だ。軽く体を慣らしてくるとしようかな。
続く