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8 すべてはつながった!

 ついに、京子のフィアンセ候補となったトスナル。


「それではトスナル様には、京子お嬢様が『お色直し』するまでの間、隣室で待機していただきます!」

 まだ茫然と立ち尽くすトスナルの手を引っぱり、司会の男は、強引に彼を隣の部屋へとに連れていった。

 そのあと、会場中に響く拍手の中、スポットライトの集中砲火を浴びながら、京子は手を振って、部屋を去って行く。

「トスナルさんの告白タイムまで、しばし、ご歓談下さい!」

 部屋に戻った司会者の言葉で、再びざわつきだした、会場。


 カチャ―― ドアの開く、音。


 大広間の隣室で茫然としていたトスナルは、その音に怯えるように、振り向いた。

 ドアの向こうから現れたのは、大華政彦だった。


「やあ、トスナルさん、調子どお?」

 答えのわかりきった質問をトスナルに浴びせながら、部屋にこっそり入ってきた、政彦。

「最悪に決まってるじゃないですか……。って、政彦さん、お京さんのお姉さんと結婚してるんでしたよねっ! 今のは、聞かなかったことに――」

「……まあ、わかりました。それより、例の手紙の謎、解けました?」

「ああ、あれ……ですか」

 その話題になった途端、トスナルの目が、死んだ魚のような目に変わる。


「わかりましたよ、全部」

「ほ、ほんとに?」

「はい……手紙を書いた人が私の兄であり、そして今もなお、彼は生きているということが」

 政彦の目が、大きく開いていく。と同時に、トスナルの死んだ魚の目に、みるみる力が宿っていく。

「そうですよね、大華さん? いいえ、我が兄、パセナル」

「いや、そ、それは……」

 しばらくどぎまぎぎこちない動きをしていた政彦だったが、トスナルのあまりの落ち着き払った様子に、やがて大きく息を一つ吐くと、にこり、と優しく微笑んだ。


「良く見破った、我が弟よ。魔法使いのオーラは完全に消していたつもりだったがな――いつから、オレがパセナルだと?」

「一目合った、そのときから。そして、あの暗号の意味も、そのとき、すっとわかりました。ずっと気付かないフリをしているのが、大変だったんですよ」

 二十数年ぶりに再会した兄弟は、ゆっくりと近づくと、〝はっし〟と抱き合いました。

「でもどうして、今まで二十数年もの間、姿を隠していたんです?」

「すまんが、今はそれを説明している時間が無いのだ――それで、暗号の意味は理解しているな?」

「ええ、わかってます」

 トスナルは、兄のパセナルから一歩後ろに離れると、ぽつぽつ、語り始めた。


「あの暗号は、誰が書いたのでもない、兄さん自身が書いて奥さんの和美さんに渡し、ボクのところに持ってこさせたのでしょう?」

 パセナルが、満足そうに頷く。

「そして、あそこに書かれていた文字は、ボクらは初め117と読んでしまったのだけれど、あれは、カタカナの『ハク』だったんですね」

「すまんな、字が汚くて」

 頭をボリボリとかいた、大華政彦こと、パセナル。


「そして、暗号の指示は、こうだった。『変換→分解→変換せよ』ってね。『ハク』を漢字に変換すると、『白』になる。これをカタカナ的に分解すると、『ノ+ヒ+フ』になるわけです」

 大きく目を見開き、パセナルはまた、頷いた。

「さて、ここからが問題でした。この3つのカタカナを何かに変換しなければならなかったのですが、どうしても思いつきません。ところが今日、この会場で始めてお会いした田中社長のお名前をお聞きした時、すべてが解けたのです」

 トスナルの普段は蒼い瞳が、妖しい黄色の光を放って、輝いた。


「ノヒフを漢字に直すと、野原の『野』、火事の『火』、夫婦の『夫』になります。それをつなげると、田中社長の名前である、『野火夫』となるわけですね」

「で、肝心な『オマエの探しているもの』とは?」

「この手紙は、兄さんからボクに当てられたものなのだから、それは当然――」

 一瞬、喉がカラカラになったかのように、トスナルの声が途切れた。

「暗黒魔法団のボス、ヤンビフ!」

「その通りだ、トスナル。我々は、力を合わせて、奴を倒さねばならぬ」

 こくり、頷くトスナルの肩を、大華政彦、いや、パセナルはがっしりと掴んで、ぐいぐいと揺すった。


「善は急げ、ですよね。兄さん?」

「ああ、その通りだ。ここ数年、田中家に近づいていたから、野火夫、いや、ヤンビフのいるところは、わかっている」

「なるほど……まだまだ兄さんとゆっくり話をしたいところですが、ここは急ぎましょう。ヤンビフが我々に気付かないうちに」

 がっちりと腕を組んだ後、フィアンセ候補控え室から出て行く、魔法使いの兄弟。

「こっちだ」

 広い屋敷の廊下を、パセナルの指し示す方向に、二人が走っていく。



「…………」

 走り去る二人を廊下の角に隠れながら見つめる、切れ長の瞳。

 その瞳の主は、静かに大きく息を吐き出すと、二人の後を音も無く、追っていった。



 まるで迷路のような屋敷の廊下を走り抜ける、トスナルとパセナル。

 走りながら、パセナルは封印していた魔法力を解き放ち、昔の魔法使いの姿――赤茶色のフード付マント――に戻っていた。

 マリンブルーのような、パセナルの澄んだ目が光る。


「あと少しで、ヤンビフの執務室だ。油断するな」

「はい」

 少々、上がった息をおさえ、トスナルは答えた。

 と、廊下の向こうからやってくる、小さな黒い生き物――クンネだった。

 クンネは、よたよたとよろめきながら歩いていたが、トスナルの気配を感じると、力尽きたように、トスナルとパセナルの目の前で、倒れた。

 

「クンネ!」

 トスナルが駆け寄り、屋敷の赤い絨毯張りの廊下に倒れたクンネを抱え上げ、胸に抱き抱えた。

 毛並もきれいで、特に外傷は見当たらなかったものの、疲れ切ったように力なく曲がったクンネの背中。一瞬引きつった、トスナルの表情。


「……。クンネ、大丈夫か?」

「ああ、なんとか――」

 か細いクンネの声が、廊下に小さく響く。その口からは、荒い息が漏れている。

「き、聞いて驚くなよ、トスナル。田中社長が暗黒魔法団のボス、ヤンビフだ!」

「ああ、知ってる……」

「ええ、なんだって?」

 クンネは、その丸い目を見開き、驚いて見せた。

 

「驚いた――まさかオマエに、それほどの推理力があったとはな……じゃあ、ヤンビフを倒しに向かっている、ってことか?」

 トスナルは、小さく頷いた。

「ところで、そちらの人は……誰?」

「……。ボクの兄、パセナルだ」

 トスナルの横にいるパセナルが、弱った黒猫に優しく微笑みかける。


「そ、そんなバカな――パセナルが生きていた、だって?」

「詳しい話は、今できない。とにかく今は、ヤンビフを倒しに行かねばならない」

 パセナルが、厳しい目をして、云った。

「では、いいことを教えてやるよ」

 クンネが、喘ぐ息の中で、ニヤリと笑う。

「アイツは――ヤンビフは今、執務室で眠らせてある。激闘の末、オイラがかけた魔法によってね」

「そいつはすごいぞ! 行こう、トスナル」

 喜び勇む、パセナル。しかし、意外と落ち着き払っているのは、トスナルだった。


「……。ありがとう、クンネ。よくやったね。それで、執務室は、どっちだい?」

 クンネは、柔らかそうなピンクの肉球のついた小さな腕を、廊下の先に向けた。


「この奥の、右手の部屋だ」

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