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5 缶詰のお姫様

「あーあ、もっと食べたかったな……」

 廊下を歩きながら控え室の方を何回も振り返り、残念がるトスナル。


「何、ガメツイこといってんだよ。じゅうぶん食べただろ?」

 ほっぺたを随分と膨らまし、口からカニの足を一本、にょっきりと出したクンネが、にこやかに云った。

(ガメツイのはおまえだろ?)

 トスナルは、クンネが乗ったまま、その肩をすくめた。


「この角を曲がったところに、大広間がございます。パーティー会場はそちらとなっております――」

 広い屋敷の中の、長い廊下。

 先頭を歩く脇本が振り返り、三人の男たちに伝えた。

 フンッ

 鼻であしらうようにして笑ったのは、脇本のすぐ後ろを歩いている、ワイン好きな北野だった。その後ろを歩く坂東が、ゴクリと息をのみ、不安げに天井を見上げている。

「それでは、皆様の御健闘をお祈り申し上げます」

 脇本は、観音開きになった大きな扉の右側を開けると、大きく丁寧に、お辞儀をした。

 真っ暗で物音一つしない部屋を、そろそろと進む北野と坂東。トスナルは、まるでお化け屋敷に入った子どものように、おどおどと進んでいく。


(な、何が起こるんだ?)


 トスナルが、そう思った瞬間。

 トスナル達の向こう側に、突然湧いて出た、スポットライト。メガネをかけた小男が、頭の毛をポマードでテカテカと光らせて、マイクを握っている。

「れいでぃーす、えんどぅ、じぇんとぅるめーん……お待たせいたしました。ついに、北の国缶詰プレゼンツ、クリスマスパーティの開催です!」


 どうわああー


 大広間に湧き上がる、巨大な拍手の渦。

(この部屋に一体、何人いるんだ?)

 トスナルは、騒音でクラクラする頭を左右に振りながら、両手で耳をおさえた。

「本日のパーティーのメインイベントであります、美しいお嬢様のフィアンセの座を争うのは、この三人です!」

 突然のスポットライトがトスナル達に集まり、暗闇で男三人が白く浮かび上がった。

 

 はああ?

 

 口をあんぐりと開けたまま立ち尽くす、トスナル。スポットライトのあまりの眩しさに、クンネはトスナルの肩の上でくるりと回り、しっぽをぐいっと観客に向けた。

 その横で北野は自信たっぷりに笑い、坂東は恥ずかしげに、はにかんでいる。

「あ、あのう……いったい、これはどういう――」

 そういって、トスナルが司会者の方へ進み出ようとした途端――

 会場に鳴り響く、壮大な吹奏楽のファンファーレ。それとともに、床の下からせり上がってきた、巨大なオーケストラ。

 トスナルの目の前に、今まで見たこともないような数の、金ピカ楽器の集団が現れた。

「そしていよいよ、本日の主役でございます。皆様、盛大な拍手でお迎え下さい――北の国缶詰株式会社・社長令嬢、京子様のご登場でございます!」


 おーっほっほっほっほぉ――


 拍手喝采の大広間に、けたたましく響いたのは、若い女性の声だった。その自信に満ち満ちていて、それでいて、どこかしらしつこい感じのする、高い声。

 今や、トスナル達フィアンセ候補と司会者に向けられていたライトは消され、半円形のオーケストラの手前の一部分だけが、赤や黄色のカクテルライトで輝いている。

(キョーコサマ? それにあの声……ま、まさか――)

 暗闇の中、鳥肌をブツブツと立てながら体を震わせるトスナル。同じ恐怖の予感を抱いたのか、クンネの全身の毛もびっしりと逆立っている。

 益々ボリュームの上がる、ファンファーレ。床下からせり上がりながら、カクテルライトの中、徐々にその純白ドレス姿を、浮かび上がらせていく。


「お、お京さん!」

 腰が抜けたような感じでよろけながら、後ずさりしていくトスナル。

「オイラが感じた『イヤナ感じ』は、これだったのか?」

 痙攣のようにひげをヒクヒクとさせる、クンネ。


「に、しても、お京さんが北の国缶詰の社長令嬢だなんて、初めて聞いたね」

「トスナルが、確かめなかっただけだろ」

「ん? 待てよ……ってことは、ボク達、お京さんにはめられたってこと?」

「うーん……そのようだな。あの招待状、お京さん自身が持ってきたんだろうよ――」

 ごちゃごちゃ、ひそひそ――トスナルとクンネがそんな話をしている間に、ファンファーレは鳴り終わり、大広間が再び、しんと静まり返った。

 おびただしい視線の集まる、舞台。

 にっこりと笑い、ど派手な化粧とアクセサリーに身を包んだ京子が、口を開く。


「皆さん、ごきげんよう。ようこそ、我が『北の国缶詰』主催のクリスマス・パーティーへ。本日は、心ゆくまでお楽しみ下さいませ!」

 おーっほっほっほっほぉ……

 京子の高笑いとともに、会場が地響きをたてて揺れた。照明が一斉に点灯し、大広間が急に明るくなる。

 トスナルの前に現れたのは、三階建てビルの高さほどの高い天井と、百メートルはあろうかという奥行きを持った巨大な部屋。そして、その中心に置かれた、巨大なクリスマスツリーだった。

 その瞬間、ツリーに装飾された数えきれないほどの電球が点滅し始め、直視できないほどの明るさとケバケバしさで、輝きだしたのだ。


「何だい、あのスーパー・ド派手なクリスマスツリーは? 金持ちの考えることはよくわからないね……」

 やれやれとトスナルが、肩をすくめた。

「ではお嬢様、お席にお着き下さいませ――それでは次に、北の国缶詰株式会社・代表取締役社長、田中たなか野火夫のびおより、ご挨拶させていただきます」

 盛大な拍手の中、円卓から立ち上がり、おだやかな笑顔を見せる、紳士。

 歳は、六十歳ぐらいか。その長身の男は、オールバックにしたシルバーグレーの髪の先をチラチラと揺らしながら、颯爽とオーケストラの並ぶ演台へと上っていった。

 オッホン――

 マイクを握り、咳払いをした社長。


「皆様、年末のお忙しいところお集まりいただきまして、誠にありがとうございます」

 社長は、聴衆に向かって、深くお辞儀した。

「本日は、娘のワガママにより『フィアンセ探し』なる催しを開かせていただきましたこと、お詫び申し上げます。何せ、娘が『これで勝った人でなければ、結婚しない』と云い出したものですから……」

 四角い顔の中心には、立派な鷲鼻。その下にあるチョビひげを触りながら、社長は顔を赤らめた。

「ま、まあ、とにかく、たいしたおもてなしはできませんが、ごゆっくりお楽しみ下さい」

 拍手の中、足早に席へと戻る、田中社長。

 トスナルは、自分の左肩の上で、プルプルと体を震わせているクンネに気づいた。


「どうした、クンネ?」

「い、いや……なんでもない。うん、きっと、なんでもない……」

 クンネの目線の先にあるのは、田中社長の姿。

 司会の男が、再び、マイクを握る。

「田中社長、どうもありがとうございました――それでは皆様、しばらくの間、ご歓談をお楽しみ下さい」

 男が消えるのと同時に会場に鳴る、オーケストラによる、BGMのジングル・ベル。

 係員の男がトスナル達三人を案内して、すぐ近くの円テーブルに着席させた。


「ところで――」

 トスナルが、隣に座った、おどおどと落ち着かない感じの坂東に、声をかけた。

「あのー、フィアンセって何ですか?」

 えぇえええ!

 席からずり落ち、瞬きもせずトスナルを見つめる、坂東。北野は、今ウエイターからもらったばかりのワインを、ぶっと口から噴出した。


「あなた、それを知らないでここに来たんですか?」

「はいっ」

 坂東の質問に、明るく頷いた、トスナル。

「フィアンセというのはですね――」

 席に座り直しながら、坂東がいいかけたとき、北野がテーブルにこぼしたワインをハンカチで拭きながら、珍しく口を挟んだ。

「婚約者のことさ。フン」

「……。はあ? くぅ、くぅおんやくしゅわああ?」

 さすがのトスナルも、口も回らないほど、驚いた様子。夢遊病患者のように、肩に黒光りする黒猫を乗せたまま、よろよろとイスから立ち上がった。


「ボ、ボク、帰ります……」

 クックック――トスナルの背中を無気味な笑いで見送る、北野。坂東は、ありゃりゃ、といった感じで、首をかくっとさせた。

 と、そのときトスナルの背中から声をかけた、一人の女性。

「あら、トスナルさん、どちらへ?」

 それは、ベージュ色の清楚なドレスを着こなした、京子の姉、和美だった。

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