君、 淡く
駅舎内に、暖かな風が吹いて、甘い香りを運んできた。
「桜…?」
ともが呟いた。
「あぁ…だな。」
私も呟くように、返事をした。
「そーいえば、覚えてるか?」
何のことか分からず、ともを見返すと、ともは、何かを懐かしむように、目を細めながら続けた。
「俺たちがガキの頃、この駅の木に名前を掘ったこと。」
言われるまですっかり忘れていた。そんなこともあったなぁ、と懐かしく思うと同時に、その情景が頭の中にふわりと浮かんできた。
『ほら、はやくこいよ!』
『まてよ、とも!』
『ま…まって、ふたりともはやいよ…』
『ほら、りんがおくれてるだろ!?』
『りんちゃーん、がんばれっ!もうすこし!』
『とうちゃ~く!』
『ここ…えき?』
『わ~!さくら!きれい!!』
『そう!とうさんにきいたんだ。このさくら、おれたちがうまれたとしに、うえられたんだって!』
『じゃぁ、わたしたちと、オナイドシだね!』
『いや…、ともとは、ガクネンがちがうって…』
『よっちゃんと、りんちゃんは、ハヤウマレだから、うまれたとしは、おなじだって、とうさんいってた!だから、オナイドシなの!』
『そうなんだ…?…で?』
『シンユウのシルシに、なまえ、かこうぜ!!』
『…は!?このきに!?なまえって…おこられるだろ…』
『いいね!たのしそう!』
『え…りん?』
『ね!ね!よっちゃんもやろう!?』
『…っ!』
『お~しっ!きまり!!』
「あのとき…結局しかられたんだよな。」
私は言った。
予想は、正しかったのだ。もっとしっかり止めれば良かったと、後悔したのを覚えている。
「それに、『俺たちが生まれた年に植えられた』っての、父さんの冗談だったんだよな。」
「そうそう。桜の木がたかが5・6年で、あんなに大きくなるわけなかったんだ。」
私たちが名前を掘った当時から、かなり大きくて、立派な木だった。
「それだけ、純粋だったってことじゃね?」
私たちは、駅舎をでて、駅舎のすぐ横にある桜の元に立っていた。
私たちが掘った名前は、木が成長したため、少し読みづらくなってはいたが、確かにそこにあった。あの時、真っ直ぐ立って、顔の目の前の位置に掘った名前は、今、膝の少し上くらいにある。
風が吹き、ざあっと音をたてながら、桜の大木は枝を揺らす。ひらひらと舞う花びらが幻想的で、見とれてしまう。ともも私も、ぼうっとそこに立ち、無言のまま、その光景を眺めていた。
桜は、幹を太くし、枝を大きく広げ、あの頃よりその存在感を大きくしていた。それだけの月日が流れたのだと感じる。けれど、隣に立つともは、あの時から変わらない。
そんなことを考えていると、突然ともが話しかけてきた。
「よっちゃんてさぁ…」
「ん?」
「あの頃から、りんちゃんのこと、好きだよね?」
「…なっ!?」
何を言い出すのかと思えば…!
「名前を掘ろうって言ったとき、りんちゃんもしたいって言ったから、止めるのやめたんだろ?」
…図星だ。何も言えない。
「隠さなくていいよ、バレてるし。…今でも好き?」
何かさらりと、恐ろしいことを言われたような…。でも、私も知っている。
「ともも、ずっと好きなんだろ?」
ともが、こちらを向く。目を見張り…口の端をにやりとあげた。
「今、『ともも』て、言ったな?」
しまった!と、思ったが後の祭り。からかわれるのが、目に見えているので、先手必勝。次に言われる前に、こっちの質問を押し通せばいい。
「で、どうなんだ?」
私の反応が気にくわなかったのか、少しつまらなさそうな顔になったが、ふと、目を反らして桜の大木を見上げた。
「そうだな。好きだったよ。でも、よっちゃんの『好き』とは、違うかな。」
私は何も言わず、続きを促す。
「りんちゃんは、お姉ちゃんとゆーか、たまに妹っぽくて…家族みたいな感覚かな。」
そう言うと、ふわりと笑んでこっちを向いた。
嘘だな。
根拠など何もない。直感でそう思った。でも、それ以上、聞く気にはなれなかった。
「そうか…。」
その話はそこで終わった。
それから、ぽつりぽつり、思い出話をして過ごした。人が来ることはなく、春風に吹かれ、甘い香りを漂わせる桜の大木が、私たちを静かに見下ろしているだけだった。
どれくらい時間がたっただろうか。
「そろそろ時間か。」
とものその一言で、私たちは駅舎に戻り、そのままホームに出た。
そういえば、ふと浮かんだ素朴な疑問を尋ねた。
「とも、幽霊なら、汽車に乗る必要ないんじゃないのか?」
すると、ともは、また、いたずらっ子のような笑みを浮かべて言った。
「気分だよ!」
もうすぐ、汽車が来る。
「どうせだからさ、アナウンスとか、やって見せてよ。」
ともが突然、そう言ってきた。
「とものこと、運転手とか、居ればだけど、乗客とか、見えてるのか?」
「さぁ?まぁ、細かいことはきにすんなよ!」
もう、諦めた。それに…『最後』なのだから。
マイクを手に取る。
『間もなく、汽車が到着します。危険ですので、乗客の皆様は、黄色い線より外側に出ないよう、お願いします。』
ともは、嬉しそうだ。
ホームに汽車が入ってきた。
ドアが開く。
「じゃぁ、行くよ。」
ともが汽車に乗り込む。
ドアはまだ、開いたままだ。
「約束、忘れんなよ。」
振り返って、言った。
「あぁ。彼岸花だろ。」
満足そうに笑うとも。とっくに、諦めた。私も笑い返した。
『ありがとう。』
声が重なる。はっと、目を見開いた後、寂しそうな瞳を瞼で隠し、ともは、笑った。
太陽みたいなあの笑顔。
きっと、私は一生この笑顔を忘れない。
ドアが閉まる。
震えそうになる声を、必死で呑み込む。
最後は、笑顔がいい。
『発車いたします。いってらっしゃいませ。』
汽車がゆっくりと走り出す。
ともが、あの笑顔で手を振ってきたので、私も振り返した。
春風が吹く。甘い香りを運んでくる。
線路沿いの土手に、彼岸花が揺れた気がした。
見えなくなっていく汽車。
もう、会うことはできない友に向けて、私は言った。
「いってらっしゃい。よい旅を。」
初めましての方もそうでない方も、こんにちは!
Transparenzの佐倉梨琥です!!
1章、完結です!!
3月中に、1章を投稿しきることが出来ました!
ギリギリですが(笑)
中1の頃に書いたものは、よっちゃんの気持ちを重点的に書いていて、ともの描写が少なく、今読むと、これは小説じゃない!と、思うほど悲惨なものでした。そのため、『とも』は、ここで書くために新しく生まれたとも言えるキャラクターです。
そして、大体の構成を建てていく内に、いつの間にかともが主人公の座を奪いとっていました!!(笑)
ここまで、読んで下さった方、本当にありがとうございます。
まだ、物語は続きます。
今後も、ぜひ、お付き合いください。
それでは、また、次の章で。