花、結ぶ
「ほん…とうに…、本当に、とも…なの…か?」
なんとか絞り出した声は、ひどく嗄れていた。信じられなかったのだ。目の前の出来事が。
「あぁ。そうだよ。」
ともは、にかっと笑った。記憶と少しも変わらない。
「こんな風にまた、よっちゃんと話せるとは、思ってなかったよ…て、」
一旦言葉をきると、少し困ったように笑った。
「なーに泣いてんだよ」
「…え?」
気付かなかった。頬を拭ってみると、確かに濡れていた。
「あ…れ…?」
どんどん、どんどん、溢れ出して、止まらなくなった。
「あーあ。いい大人が泣いてんじゃねぇよ。」
ともは、大袈裟に両手を広げて、笑いながら、溜め息を一つついた。
「う、うるせー。」
声が掠れる。止めようと思っても止まらないのだ。
「相変わらず、恥ずかしくなると口調が悪くなる癖、治ってないんだな。」
寂しそうに笑うともを見ていると、涙は、止まるどころか、ますます溢れ出して、どうしようもなくなる。
「ど…して、いま…さら…」
上手く話せない。だが、ともは察してくれた。
「ああ。まぁ、ざっくり言うと、時間切れってことかな?だから、最後にみんなに挨拶させてもらってんだ。」
時間切れ…?何のだ?私の顔をみて、汲み取ってくれたのか、そのまま話始めた。
「俺さ、川に流されて、死ぬのかって思ったとき声を聞いたんだ。」
「声?」
「そう。多分、龍神様だと思う。辰巳って、神社の息子じゃん?それに、その声『我が愛し子を助けてくれたことに礼を言う』とか言ってたし。まぁ、それでさ、その声に生き返らせることが出来ない代わりに、この世に少しの間だけ、留まれるようにしてくれるって言われて、俺からも頼んだんだ。」
「…何を?」
私が尋ねると、ともは、優しく微笑みながら言った。
「ここに居たい。時間が欲しい。よっちゃんや、りんちゃんや、辰巳…皆の側に居たい。皆のことを見ていたいって。」
「とも…」
彼は、この13年間、何を感じ、何を考え、何を想い、私たちの側に居たのだろうか。
またひとつ、涙がこぼれ落ちた。
「ほんと、よっちゃん泣き虫だね。あぁ、もしかして、年?」
けらけらと笑いながら、涙を拭おうと手を伸ばしてきた。けれど…
「あ…」
その手は、私の頬に触れることなく、通り抜けた。
ともは、寂しそうに笑った。
「触れないってこと、忘れてた。」
違う。そんな顔をしてほしいんじゃない。最後だと言っていた。きっともう、こんな風に言葉を交わすことは出来ないのだろう。最後なのに、こんな顔をさせるなんて。
どうすればいい。いつもの、太陽みたいなあの笑顔を。どうすれば、笑ってくれる?どうすれば、安心してくれる?『いい大人が』その通りだ。年下に心配かけてどうする。
「…っ、墓参りっ!行く…から…。」
考えて、考えて、出た言葉がこれだから、いい加減、自分に呆れてくる。
でも…
「ふっ…ははははは!!」
顔をあげると、ともがひぃひぃ言いながら笑っていた。…バカにされている気分…またか…。
込み上げてくる笑いが、押さえられないようで、腹を抱え、涙を何度も拭いながら、こっちを向いた。
「相変わらず、面白いこと言ってくれる。」
「そりゃ、どーも。」
さすがに、カチンときたので、軽く睨み付ける。
ふぅと、息を落ち着かせて、ともは言った。
「うん、来て。墓参り。待ってるから。」
太陽の笑顔だ。
やっと、笑ってくれた。
さっきまでの話からすると、きっと墓参りに行っても、ともは、もういない。それでも、『待ってる』と言ってくれた。笑ってくれた。それだけで、十分だ。
「じゃあさ、頼み事してもいい?」
目で、続きを促す。
「彼岸花が、見たいなぁ。」
――間。
「………はぁっ!?」
「お供えの花として、持ってきてくれればいいから。」
「いやいやいやいや。そういうことじゃなく。」
「じゃ、どーゆー?」
「…非常識、な感じしないか?」
「そうか?昔は、墓の回りに植えてたりとかしてたらしいけど…まぁ、俺が好きなんだから良いだろ。」
「それで良いのか…?」
「良いの、良いの。」
流されかけたが、よく考えると、問題があった。
「いや、墓参りに彼岸花を持って行く姿を、村の人たちに見られたら…。」
「見ものだな。」
「おいっ!」
ダメだ。何を言っても勝てる気がしない。
半ば、諦めながら尋ねてみた。
「どうして、彼岸花が好きなんだ?」
「俺って、ロマンチストだから。」
ともは、いたずらっ子のように笑いながら答えた。
「は?」
「花言葉。調べてみろよ。」
「はぁ…?」
彼岸花の花言葉が、ロマンチック?想像できない。
「後は、見た目かな。」
「見た目は、嫌いではないな。」
「だろ?」
嬉しそうだ。
私は、はぁ~と、わざとため息をついてから答えた。
「分かったよ。持っていけばいいんだろ?持っていけば。」
「おぅ!約束な。」
私たちは、もう、触れることのできない小指を絡ませ、指切りをした。
子どもの頃のように。
初めましての方も、そうでない方も、こんにちは!!Transparenzの佐倉梨琥です!!
彼岸花。
何か、『とも』らしくて、意外性の有りそうなもの…と、考えたとき、すぐに出てきました。
そして、使えるかどうか吟味するため、調べてみました。
知らなかったことが多く、こんな機会がないときっと知らなかっただろうなと思いました。ちなみに、お墓に持っていってはいけない、というものではないようでしたが、やはり、持っていくのもどうかな…?というような意見が、多かったです。
あと、花言葉。
私は、ロマンチックだとは思っていないので、あしからず。ともだから、そう思ったのでしょう。きっと(笑)
では、また。