光、誰そ彼
ざあっと桜の大木を揺らして吹いた、大きな風の音で目が覚めた。…どのくらい眠ってしまったのだろう。
切符は私が売っているのだから、誰か来ていたら声をかけられるはず。つまり、お客は誰も来ていないということになる。
そこまで考えて、ふうと息をついたとき、誰かが駅舎内の椅子に座っていることに気がついた。思わず、ビクッとなる。すると、古くなり傷み始めた椅子が鈍い音をたてた。
その音に気づき、椅子に座っている「誰か」がこっちを向いた。…ように見えた。逆光になり、顔がよく見えない。高…いや、中学生か。制服を着ている…男子生徒のようだ。
でも、何故学生がここに?今日は、平日。学校がある日だ。そもそも、この村に中学生の男の子はいないはず。高校生なら一人いるが、今は、修学旅行の真っ最中。お土産物を貰う約束もしている。間違いない。ここに居るはずがない。
…誰なんだ?声をかけるべきか否か考えていると、向こうから話しかけてきた。
「こんにちは。」
違和感…というより、何故か懐かしい、そんな声だった。毒気を抜かれたような、そんな気分になり、思わず固まってしまう。
「あ、あの…こんにちは?」
もう一度、挨拶されてしまった。
「あ…ああ。こんにちは。」
…なんというか、気まずい。そう、思っていると、向こうから話かけてきた。
「それしても、今日は、本当に暖かいですね。」
「え…ぇ、そうですね。」
…何故、私は、年下に敬語を使っているんだ。
「気持ち良さそうに、寝てましたもんね。」
「…っ、なっ…!」
声にならない。というか、からかわれている?
クスクスと、笑っている。実に楽しそうに。
むっとなる。話題を変えてやる。
「ところで、君はいくつだい?見たところ中学生のようだが。」
「えぇ、そうですよ。中2、14才です。」
思った通りの年齢だった。だが、どこか声が寂しそうに聞こえた。
「この村の子?」
「…えぇ、まぁ。」
歯切れが悪い。中2の子なんて、居ただろうか?
「…学校は?今日は、平日なのだから、あるだろう?」
ふっと息を飲む気配がした。今度は本当に声が沈んだ。
「…行けてないんです。学校。」
聞いてはいけないことだった。そう、思った。しかし、無視することもできない。何より、ここは駅。飛び込み…なんてことは、さけなければ。
からかわれたことなんて、頭から消えていた。
「話なら聞くよ。」
「…」
返事がない。不躾だとは思ったが、聞かずにはいられなかった。
「勉強が嫌になったとか?」
「…」
「…いじめか…?」
その瞬間、堪えきれなかったかのように、何故かいきなり吹き出した。思いっきり爆笑される。
「…っ、なんなんだ!?」
ひぃひぃ言いながら、ずっと笑っている。訳が分からない。
「はぁ…はは。いや、ごめんごめん。」
『ごめんごめん』の部分がまだ笑っている。しかも、いきなりため口か?
心配したら、笑われて、馬鹿にされて…。もう、どうでも良くなってきたな。遠い目になる。気分は、菩薩だ。
ガタンと、音がした。椅子から立ち上がったようだ。私はその様子を、静かな水面のような心地でみていた。
「なんで分かんないかなぁ、よっちゃん。」
そう、言いながらこちらに歩いてくる。
「え…?」
光が遮られ、これまでよく見えていなかった顔が、はっきりと分かる。
「久しぶり、よっちゃん。」
その顔を見たとき、無常に過ぎ去った懐かしい思い出たちが、走馬灯の様に駆け抜けた。
「と…も…?朋和なのか…?」
そこに現れたのは、記憶の中と全く変わらぬ幼なじみの姿だった。
「あぁ。そうだよ。」
そう言って、にっと笑った。
そこに現れたのは、13年前に死んだ、唯一無二の親友の姿だった。
Transparenzの佐倉梨琥です!!
「旅立ち」本編2話目になります!!
私の中で、当初予定していたより、少し長くなりそうで…。3月終わりまでに、一章は、絶対に書き上げれるよう、頑張ります…ので、気長にお付き合い下さい。
よろしくお願いします。
では、また次話で!!