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眠りが浅いのか深いのかよく分からない。
今日は目覚まし時計が鳴る前に起きた。壁にかかっているカレンダーを見て日付を確認する。見るまでもなく分かっていたことなのに。
溜め息は蝉の鳴き声にかき消された。
1階に下りると、今日も和恵おばちゃんが迎えてくれた。
「おはよう」
でも、声はかすれていた。
「どうしたの? 酒焼け?」
「うーん、あんまり大きな声出さないで、響くから」
「変なお客さんにでも絡まれたの?」
一応気を遣って声のトーンを低くする。それでも顔をしかめる。そんなに辛いなら無理せず寝てればいいのに、とは思ったけど口には出さなかった。
「いや、常連さんなんだけどさ、つい話が弾んじゃってねぇ」
スナックのママをする和恵おばちゃんは、たまに二日酔いで死んでいる。
「今日、大丈夫なの?」
「うぅん、薬は飲んだから多分……」
「あんまり無理はしないでよ」
とりあえず水を渡して、朝の身支度をすることにした。寝坊しなかったと言っても、朝の慌ただしさには変わりない。
お母さんは……今日ももう出掛けてるよね。どんな時でも平常運転できる母親は逞しいと思う。
私もさっさと出掛けることにしよう。
立ち止まっていたら、また余計な心配をかけちゃう。
和恵おばちゃんに小さな声で、いってきます、と言ったらひらひらと手を振ってくれた。もう声を出す元気も残ってないみたいだ。
外に出ると、今日も強い日差しが降り注いでいた。
じっとりと汗がにじむのを感じながら歩き出すと、ちょうど隣の家の玄関も開いた。
「おはよう」
でも現れたのは透だけだった。
「おはよう。馨は?」
「今日から試合に向けて朝練だってさ」
そうか、もう期末テストも終わったもんね。こんな暑い最中、走り回っているのかと思うと、本当にサッカーが好きなんだなって思う。
「試合の応援に行かないとね」
笑顔を浮かべれば、透も微笑んでくれた。まるで暑さを感じさせない涼しげな笑顔だ。実際、汗1つかいている様子がない。
「馨の試合も気になるけど、まずは文化祭の出し物をどうにかしないとな」
「ああ、確かに。今日のHRで決められたらいいけど」
自分のクラスの雰囲気では騒がしくなる一方で、まとめるのに一苦労しそうだ。
「うちのクラスじゃ何も意見出なさそうだな」
特進は別の意味で大変そうだ。確かにあのクラスがお祭り騒ぎしている様子は想像できない。だけど、透の表情は明るく楽しそうに見えた。
「うん、今日もがんばるとしますか!」
気合いを入れたら、突然どうしたの、と笑われてしまった。