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放課後とはいえ夕暮れにはまだ早く、焼けつくような日差しが降り注いでいる。
昇降口から1歩出た途端に、汗が滴り落ちそうだ。だけど、透も篠宮さんも涼しげで、暑いね、と言うのは憚れた。
「文化祭で何しようとか考えてる?」
透はすでに文化祭実行委員の顔だ。案外、楽しんでいるのかな。
「全然。明日のHRで話し合って決めると思う。透のクラスは?」
「こっちも全然。話し合いのとっかかりぐらいは決めといた方がいいかな、と思うけど」
「難しいよね」
会話をしながらも透の右隣が気になる。長い黒髪が、日に反射して綺麗だ。
「篠宮さんはどう?」
「私も全然。でも去年通りなら模擬店になると思う」
「模擬店かぁ」
そう言えば1年の時はお化け屋敷したっけ。当日はそれなりに盛り上がったけど、お化けのメイクをしたり大変なことも多かったなぁ。でも馨はノリノリだった。血のりをべったりつけて喜んでいた。
「あ、馨だ」
透の声にドキッとした。一瞬、心の中を見透かされた気がした。
だけど、透はフェンス越しにグラウンドの方を見ていた。
リフティングをしている馨がいた。馨の身体とボールが糸で繋がっているみたいに見える。ボールを足と身体で自在に操る馨は、とても楽しそうだ。
やがて私たちに気づいたらしい馨は、ボールを右手で抱えると、左手を振った。
「お前ら今帰りかー!」
「そうだよー! 練習がんばって!」
透も手を振って返している。私もつられるように手を振っていた。
そのままバイバイかと思ったら、馨は全速力でこっちまで走ってきた。
「なぁ、委員会どうだったんだ?」
馨のこめかみから1滴、汗が流れていく。数学で呻いていた人と同一人物には見えない。
「どうって言われても……文化祭までの大まかな流れを聞いて委員長決めただけだよ」
「なんだ、顔合わせしただけって感じか?」
お互いに自己紹介したりもしなかったから、それもちょっと違うかも。
「うん、そんな感じ。明日のHRで色々と話すことになると思うよ」
返答に困っていたら、透が答えていた。
「てか透も文化祭の実行委員になったのか?」
「そうだよ。くじで決まったんだ」
「ヒナもお前もくじ運、ねぇなぁ」
悪態をついた馨の目が篠宮さんを捉えた所で止まる。
「水野くんのクラスメイトで、同じく文化祭実行委員の篠宮です。よろしくね」
篠宮さんの笑顔はぎらつく太陽の下でも眩しい。
「ああ、透と双子の馨だ。よろしくな」
「……ええ」
一瞬、変な間があったような、違和感を覚えた。でも透も馨も篠宮さんも笑顔のままだ。気のせい?
不意に馨を呼ぶ声がグラウンドから響いた。
「やべ、部活に戻らないと」
「うん、じゃあ部活がんばって!」
改めてエールを送って手を振ると、じゃあな! と言って馨はすぐに駆け出した。ボールを操る足の動きは鮮やかだった。アッシュブラウンの髪が、日に煌めいている。
「じゃあ、俺たちは帰ろうか」
透の声を合図にして、私たちは歩き出す。篠宮さんの横顔を見たけど、何を聞くべきなのかよく分からず、空を見上げた。
青空に入道雲。そして蝉の鳴き声。完璧に夏の景色だった。