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月と太陽と  作者: くさき いつき
第11章 名前
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5

 学外の人が校舎内にいるというだけで、大分文化祭の雰囲気も変わるものだと実感する。内輪的なものだったのが、ちゃんとお祭りの雰囲気になっている。身内が大半だから、小学生の頃の授業参観を少し思い出したりもするけど。

 そうして周りを見ることで隣から意識をそらし、早足で進んでいるというのに、きゅっきゅっと2回強く手のひらを握ってくる。


「な、何?」


 視線を合わせられないまま尋ねる。


「どこ行くの?」


「え、えーと、お化け屋敷?」


 本当は決めていなかった。ただひたすら歩いていただけだ。でも、透のクラスに行くのは悪くない気がする。3人になったら、この変な気持ちも収まる気がする。


「ふぅーん? 透の教室?」


「そうだね!」


 元気よく頷いたものの、間ができてしまった。馨は今何を考えているのだろう? 横目でちらりと様子を窺うと制服のポケットから携帯電話を取り出していた。指の動きがすごく速い。何かやり取りしてる?


「馨?」


 声を掛けてみる。やがて視線が合ったかと思うと、馨はにっこりと笑った。


「透、今はお化け屋敷にいないってさ」


「そうなの?」


 確認したタイミングで、私の携帯電話が音を響かせる。気になって画面を見てみると、透からメッセージが届いていた。


『俺のクラスに今向かってるって? 悪いけど今教室にはいないんだ』


 馨の発言を肯定するような回答が並んでいた。


「透と今やり取りしていたの?」


「そうだよ」


 なんだろう。疑いようはないはずなのに、腑に落ちない気分になる。


「何か隠していない?」


 ストレートに聞いてみることにしたけど、


「ある意味隠しているかな?」


 と言って笑うだけで、はっきりとは答えてくれない。


「どういうこと?」


「うーん、それは後で呼んだ時にかな」


「後でって、いつよ?」


「呼ぶまでのお楽しみ」


 全然分からない。分からないけど、今透に会えないのは確かなんだろう。お化け屋敷で携帯電話を操作しているお化けの姿を見るのは、かなり興覚めだと思うから。透はきっと教室にいないのは間違いない。

 となると、お化け屋敷に行った所で、この気持ちから逃れることはできない。

 結局、私達は2人で文化祭を回った。手を繋いだまま。

 視線が痛かった。ものすごく痛かった。馨はやはりモテる。知っていたことだったけど、分かっていなかった。

 周りから、私はどう見えているんだろう?

 幼馴染みに見えているんだろうか?

 それとも?

 少し考えて想像したら、頬が熱を持ってしまう。私は想像を妄想として片づけて、首を振って掃き捨てる。それなのに、隣からくすりと笑みがこぼれ落ちてくるのを聞くと、また体温が上がってしまう。

 休憩時間は戸惑いのまま終わってしまった。


「付き合い始めたの?」


 教室に戻ったら、有美から開口一番に言われたけど、私は何も答えられなかった。いつもなら、幼馴染みだよって切り返せたのに。そんな私を有美が生暖かく見ているような気がして、居たたまれない。


「後でな」


 そう言って手を離す馨の顔は、綺麗な笑顔だった。


「うん」


 短く返事をして文化祭実行委員の仕事に行く。もうすぐ文化祭2日目も終わる。後夜祭の準備をしないといけない。

 体育館には既に他の実行委員も集まっていて、各々準備を始めている。もう段取りは決まっているからね。外村くんや篠宮さんの姿も見える。

 透は……何だか先輩と話している。話しかけにくいな、と思っていたら視線が合う。透は何事か先輩と話してから私の方へやって来た。


「どうかした?」


 穏やかな声。透は私と話すことに、もう気まずさを覚えていないような態度だ。


「ううん、何でもない。準備するね」


 私も笑顔を浮かべてみる。きっと少しずつ静かに幼馴染みに戻っていくのだ。今はまだ距離を測っている最中だ。でも、大丈夫、と思えてくる。


「うん、じゃあ」


 軽く言って、透は先輩の所に戻っていく。その背中に寂しさを覚えない。明日もきっとごく当たり前に見られると分かってしまうから。

 だけど、馨は分からない。

 私は自分の手を見下ろす。繋いだ温もりは未だ消えていない。この熱をなくした時に、また同じように笑えるのかな。

 ちくりと痛みを覚える。

 私は首を振って気持ちを振り切るようにしてから、後夜祭の準備に取り掛かる。アンプの辺りにいる外村くんの所に早足で向かった。今は何かをして気分を紛らわせていないと落ち着けない。


 やがて体育館内に生徒の数が溢れてきて、後夜祭が始まる。

 クラスごとに並ぶわけでもなく、指定席があるわけでもない。みんながみんな、思い思いの場所で祭りの余韻を楽しむ。ステージ上では出し物が披露されている。

 私はその様子をギャラリーから見下ろしている。観覧席があるわけでもない、細い通路。ギャラリーにはステージを照らす照明が置いてある。基本はステージの上にあるライトで演出などをするので、ギャラリーの照明は補助的なもの。照明の操作は特にない。後夜祭に演劇はないので、暗転することもないのだ。暗幕も閉じられたまま、後夜祭の間に開ける機会はない。

 つまり、私は特等席でぼんやり後夜祭を眺めるしかない。


 だから、考えてしまう。私自身の気持ちを。

 私はずっと3人にでいたかった。でも、きっと、馨と透は違う想いを抱えていた。

 でも、約束があるなら、馨も透も約束を守り続けるというのなら、また違ったりするのかな。

 たとえば、私の気持ちに素直になっても、一緒にいられるのかな。

 透は大丈夫だと言ってくれた。

 馨は……どうかな。

 私は、きっと、たぶん、もう手のぬくもりを忘れることができない。

 2人にとって誠実でありたいと思うなら、私も自分の気持ちに素直になるべきだと思う。きっと、ちょっとやそっとのことじゃ、私達の関係は揺るがないはずだ。


「ぼーっとしてんな」


 不意に声が左耳に響いて、慌てて振り向いた。照明のそばのせいか、ギャラリーの通路は暗くて、離れていると顔がよく見えない。だけど、間違えない。


「馨? なんでここにいるの?」


「下から見えたから?」


 言いながら、馨は私の隣に並んでいた。


「ここ、今日、実行委員以外、立ち入り禁止のはずだよ?」


「透ならすんなり通してくれたぞ?」


 言われて慌ててギャラリーの登り口に目をやるけど、透は素知らぬ顔でステージの方を見ている。


「何やってんのよ」


 呆れたような私の声は、激しくかき鳴らされたギターの音に半分消えていた。いつの間にか、ステージ上ではバンドマンたちの演奏が始まっている。コピーがメインだと言っていた。懐かしい曲が、オリジナルよりちょっと歪な音で流れてくる。それでも、体育館内は今までで1番の盛り上がりを見せている。ステージに向かって、手を振り上げている生徒もいる。


「楽しそうだな」


 隣で、馨自身も楽しそうな目をしている。その瞳は、高校生になっても変わらないんだな、と思う。不用意に高鳴りそうな胸を、ぐっと押さえつけるように声を平坦にする。


「それで、わざわざどうしたの? 仕事手伝ってくれるの?」


「言ったじゃん? 後で呼ぶって」


「うん、言われたけど……」


 もう隣にいる時点で呼ぶも何もないと思う。不審な目を向ける私に応えることなく、馨はステージに視線を落とす。つられて私もステージに目をやる。

 体育館の熱気とは反比例するような沈黙。だけど嫌な気分にはならない。むしろ、その手に、もう1度触れたいと思ってしまっている。

 けれど、触れることはできないまま、バンドの演奏が進行していく。今はバラード調のスローテンポの曲を演奏している。


「本当はさ、今日の告白タイムに呼ぼうかなって思ったんだ」


「え?」


 突然言われた言葉に、ステージから目を離す。馨と目が合う。馨はもうステージを見ていなかった。


「呼ぶって、後で呼ぶって話?」


「そう、ステージ上だったら決心つくんじゃないかなって思ってさ」


「それって……」


 つまり、馨の気持ちは。

 鼓動が早鐘を打つ。頬も熱を持つ。ギャラリーの辺りは暗いけど、この距離じゃ気付かれているかもしれない。


「うん、でもさ、やっぱ無理だなーって」


「え?」


 首を傾げる私に、馨が微笑みを見せる。


「今日一緒に文化祭回っていてさ、照れた顔とか、他のやつらに見せるのは、やっぱ無理だなって思ったんだよね」


 馨の瞳にも熱がこもっていくのが、分かる。冗談の顔じゃない。真面目な顔だ。そして、とても赤い。

 初めて見る馨の表情だ。


「月島陽菜さん」


 フルネームで呼ばれた。きっと、たぶん、初めてかもしれない。いつもと違う響きを持つ私の名前。


「ずっと昔から、今も、これからも、好きです。俺と付き合ってください」


 幼馴染みを捨てる言葉、3人の関係を壊す言葉だと思っていたはずなのに、それはあまりにも優しくて、温かい。

 だから大丈夫。私は押し込めていた気持ちを解放した。


「水野馨、くん。私も好きです」


 言って、すぐに特大級の恥ずかしさが私を襲う。きっと私の顔は真っ赤だ。熱くて、心臓の鼓動がうるさくて、周囲の音も聞こえない。視線を合わせていられずに、うつむきそうになった所で、馨の右手が頬に触れる。


「視線、そらさないで」


 音の消えた世界で、その声は私の心を震わす。

 そして、私の唇はふさがれていた。少しかさついた、でも、優しく触れる唇は馨の想いを伝えてくれる。私は、応えるように瞳を閉じた。


「陽菜、好きだ」


 唇が離れると、私の左耳に熱が落ちた。

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