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月と太陽と  作者: くさき いつき
第11章 名前
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4

 馨。

 声を掛けようとしたところで、視線が合う。


「うん? 注文入ったか?」


 私はお母さんを見送ったばかりで、新規のお客さんの相手はまだしていない。だからか、馨は訝しそうな顔をしている。


「ううん。この後のことなんだけど……」


 言いかけて、教室内で話すようなことでもない気がした。昨日、呼ぶと言われたものの結局詳細は分からないままだ。それを確かめたかっただけではあるけど……。


「水野くん、ミルクティーできた?」


 言い淀んでいると、隣から佐々木さんの声がする。どうやら今は佐々木さんからのオーダーを受けていたらしい。


「あ、ごめん。邪魔だったね」


「ううん、そんなことないけど、月島さん、どうかした?」


 佐々木さんが首を傾げる。


「え、ううん、何でもない」


 首を振った所で、新しいお客さんの姿が見えたので、私は無理やり話を切り上げることにした。


「お出迎えしてくるね!」


「ヒナ?」


「大丈夫、また後で話すから」


「分かった」


 馨が頷いたのを確認してから、メイド業に身を投じた。

 何組か対応する内に、お帰りなさいませの挨拶にも違和感がなくなった。それと同時に周りを見る余裕も出てくる。全体的に好評な様子が窺える。マンガやアニメでは目にする機会の多いメイド喫茶も、実際に経験することはなかなかない。それ故の物珍しさもあってか、楽しんでくれているようだ。かわいいという声もちらほら洩れ聞こえてくる。衣装も頑張って作った甲斐があったと思う。喫茶店の割に飲食がおまけみたいになっている気もするけど、まずそうにする表情はないので、大丈夫なのだろう。


 ……馨や外村くんに執事服を着てもらって紅茶の準備をしてもらったら、また変わったりしたのだろうか?


 今更考えても仕方ないけど、メイド喫茶は雰囲気を楽しむ要素も大きいと実感すると、つい想像してしまうのだ。メイド兼執事喫茶になっちゃうけどね。

 給仕をしながら、ちらりと馨の方を盗み見る。

 うん、馨は執事服も似合いそうだ。楽しそうに、でも真面目な横顔で、飲食の用意をする馨に笑みがこぼれた。

 なんだろう。心の奥がふんわりとあたたかな気持ちになる。私はその気持ちを胸の奥にしまおうとして、ためらいを覚える自分に気付いていた。

 少しこぼれ落ちてしまっている。その気持ちの名前を、私は多分知っている。だけど、名付けられずにいるのは、まだ怖いからだろうか。


 やがて、私の接客時間は終わった。

 メイド服から制服に着替えると、肩の荷が下りたような気がした。大きなトラブルもなくメイド業務を引き継げて、ほっとしている自分がいる。文化祭はまだ終わっていないから、実行委員としての仕事はあるけどね。

 とはいえ、一先ずは自由時間だ!

 私は同じく仕事を終えたであろう馨を探す。着替えている間に、教室からはいなくなっているようだ。

 どうしようか……。

 辺りを見回した所で、肩を叩かれた。とんとんと妙に心地いいリズムだ。


「誰、探してんだ?」


 振り向くと馨がいた。


「あ、良かった。馨を探していたんだよ」


「俺?」


「そう、後で話すって言ったでしょ?」


「うん、それで話って?」


 あっさりと促されて、そのまま口を開こうとした所で、ここが人の往来の多い廊下であることを思い出した。


「えっと、ちょっとこっちに来て」


 言いながら階段の方へと移動する。中央の階段を利用する人が多いのか、廊下の端にある方の階段は意外と人が少ないことを、昨日の見回りで確認していた。


「どうしたんだ?」


 妙に平然としている馨の様子が気になる。

 ……いや、今までも2人きりで話す時なんて、こんな感じだった気もする。私が気にしすぎ?


「昨日言っていたでしょ? 呼ぶからって。でもまだ時間とか聞いてなかったから」


 言って、馨を見ると、何だか困ったような顔をしていた。


「どうかした?」


「そうだなぁ。後夜祭まで待ってほしいかな」


「後夜祭? 何かの手伝い?」


「うーん、ちょっと違うけど、そんな認識でも今はいいよ」


 もったいぶった言い方に疑問符が飛び交うけど、なんと言い返せばいいのか分からない。後夜祭はバンドとかの出し物はあるけど、馨の出番は特になかったはず。突発的に何かしようとしているのかな。それでも事前に文化祭実行委員の方にゲリラの予告があるものなんだけど……それってゲリラなのって気もするけど、見ている生徒からそうなっていればサプライズ成功って感じで。


「何か企んでいる?」


 答えてくれない気もするけど、一応尋ねてみる。


「企むってほどのことじゃないよ」


 実行委員として見逃していいんだろうか。


「ところで、ヒナ、一緒に文化祭回らない?」


 突然話題が変わったことで、目をぱちくりしてしまう。今は予定もないし、別にいいかな、って思った所で馨とお母さんの会話が過る。


「私と2人で回って大丈夫なの?」


「大丈夫だよ」


 こともなげに言われてしまう。私は馨と見て回れるのは嬉しい。でも、馨は好きな人と一緒に回りたいんじゃないかな。変に気を遣っているだけじゃないのかな。


「他に一緒に回りたい人がいるんじゃないの?」


 思い切って聞いてみた。


「俺が一緒にいたいと思うのはヒナだよ」


 あまりにまっすぐな言葉に、頬が熱くなるのを感じる。

 え、つまり……?

 馨の好きな子って?


「ヒナはどこから見て回りたい?」


 混乱する私をよそに、馨は楽しそうな声をする。それがとても温かに感じられて、私はますます戸惑う。

 いや、待って、幼馴染みとして一緒にいたいということかもしれないし!

 無理やり納得させようとしたけど、きっと私の頭はきちんと働いていない。足も動かない。そんな私に、馨は手を差し出してくる。


「ヒナは俺と一緒に回るのは嫌か?」


「……嫌じゃない」


 辛うじて答えた私に、馨は破顔する。その幼い頃から変わらない笑顔に、何故か胸が高鳴ってしまう。そして手を繋がれてしまうと、ますます顔が赤くなっていくのを感じる。笑顔だって、手を繋ぐことだって、幼馴染みなら普通のことだったはずなのに。私は自分の手汗を気にしてしまっていた。


「あー、困ったな」


 そんな馨のつぶやきが聞こえてきても、馨の顔を見られない。言葉の意味を考えられなかった。


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