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月と太陽と  作者: くさき いつき
第10章 告白
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 文化祭の賑わいは校舎にも校庭にも広がっていて、カップルらしき人達もそこそこにいる。だから手を繋いでいても誰も見咎めない。たとえ文化祭実行委員の腕章をつけた2人でも。

 ……いや、もしかしたら文化祭後に噂になる案件なのかもしれない。

 透はやっぱり目立つ男子だと思う。

 馨と透が説明して回る女子がどこかにいるのかもしれない。誰かに睨まれているのかもしれない。そんなことを思ったら、もう後ろを振り向くことなんてできない。透の後を素直についていくだけだ。私を引っ張っていく透の背中は、意外と広いと感じた。

 やがて、校舎の裏、焼却炉の近くまで来たところで透の足が止まる。ここまで来ると、文化祭の喧騒も遠い。

 手は握られたままだ。少し引っ張ってみたけど、却って強く握り返されて、離すことはできそうにない。


「透?」


 繋がれた右手に視線を落としたまま名前を呼ぶ。透の肩がびくりと跳ねたのか、手のひらも少し上下した。

 何を尋ねようとしたのか、何故馨の前から逃げるようなことをしたのか、何故手を繋いだままなのか。その両方だったのか。……いや、でも、本当に聞きたいこととは、何だか少しずれている気もする。

 どう言葉を繋げたらいいのか分からない。


「……ごめん」


 不意に透の声が落ちてきて、私は顔を上げた。見慣れた幼馴染みの顔があるはずだった。

 でも、そこにあるのは苦悶に満ちた表情で、戸惑った。そんな顔で謝罪されなきゃいけないことはされていないはずだ。

 透はこんな顔だったろうか。視界が歪んだような気がした。


「……ツキ?」


 反応のない私を窺うようにして、名前を呼ぶ。すると輪郭がくっきりとしたように感じる。

 だけど、それってあんまりだ。

 私はまだ3人でいたいと思っていた。でも、だからって名前を呼ばれなきゃ顔を認識できない? 区別できない?

 私は2人の顔をちゃんと見分けられるようになっていた。そのはずだった。でも、私、今、透に名前呼ばれるまでちゃんと分かっていなかった。

 そんな私の混乱を見て取ってか、透はかえって冷静になっていたみたいだ。落ち着いた表情を見せる。

 だけど、言葉は残酷だった。


「ツキ、俺の顔分かった?」


「透、私……」


 言葉が続かなかった。3人でいたいからって、顔の区別もつかなかった頃に戻ろうとでもしていたのか。それはただの逃避行でしかない。とても身勝手で冷たい。

 そして、そのことに透は気づいていた。きっと馨も。


「ツキ、約束覚えている?」


 約束? いつの約束だろう。幼馴染みなだけあって、約束は小さいものも大きいものもたくさんしてきた。透の問いは曖昧だと思う。けど、それが大きな約束だったとして、この場面で聞いてくるものだとしたら。


「……初めてツキって呼んでくれた時のこと?」


「うん、そうだよ、ツキ」


「私、ちゃんと覚えていなかったわ」


 正直に答えていた。


「うん、でも、ツキは思い出してくれたんでしょ?」


 透の口調は穏やかで責めるようなものではない。表情にも落ち着きが見えだしている。

 幼い頃にした約束。


――じゃあ、ヤクソクしよう?


――ヤクソク?


――うん、ヤクソク。もしも、いつか――。


「いつかバラバラになっても名前を呼んだら一緒にいようね」


 するりとあの日の約束がこぼれ落ちる。どんなに離れても一緒にいられることを疑わなかったあの頃。あれから少しずつ大人になっていって、少しずつかみ合わなくなってきた。ただの幼馴染みがずっと一緒にいるっていうのは存外難しい。


「うん、約束思い出してくれてありがとう。だから言うよ」


透の瞳に激情は見えない。でも意志の強さは宿る。


「俺はツキが好きだよ」


 手を握る透の力が少し強くなった。


「でも、ツキの気持ちは分かっているつもりだ。それを認めるまでに時間がかかっちゃったけど……」


「本当は3人でいるのは嫌だった?」


 透は静かに首を横に振る。


「寂しいな、と思うことはあったけど、嫌じゃなかった。俺も、結局2人とも好きだからね」


「透……ごめん」


 一体、どれほどの想いを抱えていたのだろう。そして私はその気持ちをどれだけ無視してきたのだろう。考えたら、それ以上口を開けなかった。開いたら、きっと涙がこぼれていた。でも、ここで私が泣くのは違う。ぐっとこらえたけど、指先がかすかに震えた。繋いだままの透の手が、励ますように温かさを伝えてくる。


「大丈夫、約束があるから」


 透は小さく笑みをこぼした。

 その時、小石を蹴飛ばしたような、足音がした。透の手がゆっくりと離れた。そっと振り返ると、肩で息をする馨がいた。


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