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月と太陽と  作者: くさき いつき
第10章 告白
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3

 教室に戻ると、すでに開店準備が進められていた。大体半分くらいの人が戻ってきているみたい。体育館で合唱を聞いている人はどれくらいいるのだろう? と、つい余計な心配までしてしまう。

 私も外村くん達に混じって作業を進めていく。

 まず紅茶やコーヒーといった飲み物のために、カップは予め温めておくことにする。朝イチで喫茶店に、食事処に来る生徒がどれくらいいるのか分からないけど……。2組分くらいはすぐに対応できるようにしておきたい。

 メニュー表が各テーブルにあるか、スプーンやフォークは清潔な状態にあるか、まるで小姑(この場合メイド長かしら?)のように細々とチェックしていると、入り口の方から華やかな空気が漂ってきた。

 メイド服を着た佐々木さんたち、3人の開店スタッフがやって来たのだ。

 しかし、佐々木さんたちの表情は、うつむきがちでよく見えない。頬がかすかに赤いような気がする。


「もしかして体調悪い?」


 風邪をひいていたりしたら接客は避けた方が良いだろうな、と気遣いつつ尋ねてみたけど、佐々木さんは首を横に振る。


「体調は問題ない」


「そう?」


「ただ……」


「ただ?」


 先を促すと、佐々木さんはさらに顔を赤くしたかと思うと、視線をがばりと上げた。


「メイド服で廊下を歩くのが恥ずかしすぎて! 視線がすっごく痛い!」


「あー、なるほど」


 着替えは自分のクラスではなく空き教室でするというのは、思っていた以上にハードルが高いことのようだ。ふと入り口の方に視線を向けると、何人かの男子がメイド服の方を見ている。うん、宣伝効果もばっちりみたい。開店早々に繁盛するかもしれない。

 けれど、あまり楽観した気持ちにもなれない。佐々木さんが感じた羞恥は、明日私が感じていることだろうから。


「がんばろう。そして、楽しもう」


「……そうね」


 実感のこもった励ましは、佐々木さんの気持ちを浮上させることができたらしい。頬の赤みは残るけど、瞳にはやる気が灯っている。廊下にいる男子たちを撃ち抜きそうだ。

 そういえば、馨がいない。メイド喫茶の提案者は馨たし、メイド服も楽しみにしているかと思ったのだけど……って、そうだ、今日の午前中はサッカー部の方だって言っていたっけ。味見以外にもちゃんと仕事しているらしい。

 私もクラス以外の仕事も頑張らないと……。開店を外村くんや佐々木さんに任せて、私は文化祭実行委員として見回りに行くことにする。

 まずは文化祭実行委員会で使用している教室で集合になる。でも別ルートを回ることになっている人たちがいるだけで、ペアを組む篠宮さんの姿はまだなかった。クラスの方の準備に手間取っているのかな。

 とりあえず空いている席に座って待つことにした。他のペアの人たちは、準備が整い次第、見回りに出ていくので気付けば教室には私だけになっていた。

 ……もしかして、すっぽかされた?

 篠宮さんは特進科の生徒だし、真面目だと思っていたのだけど、単なる思い込みだった? なんて疑心にかられていると、ガラリと教室の後ろの扉が開く音がした。


「あ、篠宮さん、」

――遅かったね。


 と掛けようと思った言葉は、途中で止まってしまった。そこには篠宮さんの姿はなかった。


「ごめん、遅くなった」


 男子の顔が、謝罪の言葉を述べる。なんだか照準がぶれたようになって、上手く姿を捉えられない。飽きるくらいに見慣れた顔のはずなのに。


「ツキ、どうかした?」


 訝し気な声が聞こえた瞬間、視界がクリアになる。


「透?」


「そうだよ」


「篠宮さんは?」


 透はちょっと困ったように左頬を人差し指でかく。


「うーん、代わってくれって言われたんだ」


 確かに交代したかったら言ってくれとは言われていたけど……。なんだかな、とは思ったけど、ここで変な意地を張った所で意味もないように思えた。


「じゃあ、とりあえず見回りに行こうか」


「そうだな」


 少し安堵したように息をついていた。私は気に留めないことにした。

 見回りのコースは4パターン作られており、それぞれのペアが回ることで文化祭全体を確認できるようになっている。昔から変わらないコースらしいので、実は隙があるんじゃないか、という気もしたけど今以上に良い案も浮かばなかった。盛り上がりはすれど、変に羽目を外す生徒はいないと思いたい。文化祭実行委員だけでなく先生も見て回っているしね。

 私と透は文化祭実行委員の腕章をつけて、3年生の教室から順に回っていく。上級生の階には普段寄ることはないので、ちょっと緊張する。


「どこも盛り上がっているみたいだね」


 対して透は平然とした様子だ。釣られて辺りを見回す。始まったばかりではあったけど、どの教室にも生徒がちゃんと入っている。クレープ屋さんをしている教室の前にはすでに順番待ちしている生徒までいる。


「うん、問題も起きてなさそう」


 みんな楽しそうな顔をしている。いざ始まってから気付く不備もあるかと思ったけど、3年生は慣れているせいか、そんなこともなさそうだ。

 2年生、1年生のクラスと順に見て回っていく。今の所、大きな問題は起きていないみたいだ。自分のクラスの様子も覗いてみたけど、なかなか盛況だった。佐々木さんを始めとしたメイドも好評の様子。変に絡む生徒もいなかった。安心した。

 特進科のクラスでは、篠宮さんがお化け屋敷の受付をしていた。


「2人で一緒に中の確認もする?」


 と楽しそうな顔で聞かれた。丁重にお断りすると、一転してつまらなさそうな顔をされてしまった。篠宮さんの性格は未だに掴み切れないと思う。

 次いで部活の展示をしている各教室も見て回ったけど、同様に問題は見受けられなかった。

 ちなみに映研の上映がちょうど始まる所だったので、少しだけ見てみたけど、金田一がウォーターボーイズを始めた辺りで見るのは諦めた。オマージュは奥が深いと思うことにする。

 何はともあれ全体的に順調な様子で何よりだけど、これだと透と一緒に文化祭を見て回っているだけのような? いや、食べ物とかは何も買っていないし、仕事に従事しているよね?


「疲れた?」


 校舎を出た所で、透が顔を覗き込むようにして聞いてくる。


「ううん、歩いているだけだし」


「そう? 俺は小腹が空いてきたかな」


 それはつまりどこかで食べようっていう誘いですかね? 昇降口から正門までの道は運動部の出し物が並ぶ。食べ物系が多い。丁度いいタイミングとも言える。見回り中ではあるけど、適度に休憩を取ること自体は禁止されていない。


「あ、それならバスケ部の所に行かない?」


 問いながらも、私はバスケ部の方へと進み出す。

 バスケ部の作るたこ焼き。去年も食べたけど、美味しかった記憶がある。馨は準備には不満そうだったけど、当日は楽しそうに焼いていたように思う。今年はどうだろう?


「バスケ部、か」


 隣を歩く透は思案するように呟く。何か気になることでもあるのかな。首を傾げるけど、私たちの足はバスケ部の設置するテントまで、もう目と鼻の先だった。

 たこ焼きを焼いている馨の姿が見える。私が視界に捉えたのと同時に、馨が手を振る。

 軽やかに動き出した私の足は、だけど、馨の元にたどり着けなかった。左手が透の右手に捕らえられていたから。立ち止まる透の力は意外と強い。動けなかった。


「透?」


 透の顔はまるで泣いているみたいだった。涙は流れていない。でも、その瞳は寂しげに揺れていた。

 気付いた時には、バスケ部のテントから、馨の場所から私は引き離されていた。まるで連れ去られるかのように引っ張られる。だけど、透の手を振りほどけない。かける言葉も見つからない。

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