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駅から出ると、すでに夜の色合いだった。学校を出た時には微かに残っていた夕焼けも、もうない。こんな時間に馨と2人並んで歩くのは、不思議な感じだった。いつもは部活で放課後は別々のことが多かった。テスト期間になれば、透も一緒にいるのが当たり前だった。
「日が沈むと大分冷えるね」
隣を歩く馨を覗きこむようにして話しかける。しっかり見ていないと、闇に隠れてしまうような、そんな気がした。
「この間まで夏! と思ったら、もう冬って感じじゃね?」
「いやいや、まだ秋でしょ」
首を横に振ってみたものの、秋という季節は随分短くなったと、ここ数年、思ったりもしている。
ちらりと車道側を歩く馨を横目に見る。私の視線にすぐに気付いた馨は、片眉を上げる。
「なんだよ? 見とれたか?」
「いや、違うけど」
「即答かよ」
「ただ馨と2人で帰るのって久しぶりだな、と思っただけ」
馨は一瞬、目を伏せた。それは見間違いかと思うほど、本当に一瞬で、だから問いかける隙もなかった。
「まぁな。透も大変そうだな」
「お化け屋敷はやっぱ事前の準備が大変そうだよね」
当日は当日で、怖がらせないといけないので色々と気遣うことも多そうだ。怖くないお化け屋敷と言われないように、透たちのクラスはお化け役の演技指導にも熱が入っているらしい。そんな訳で、透はまだ学校に残っているのだ。
「メイド喫茶も思ったより大変だけどな」
自分の指先を見下ろしながら、馨は嘆息をつく。馨の人生において、刺繍は言わずもがな、裁縫だって家庭科の時間くらいでしかしたことがなかったはずだ。
「だけど、馨のお陰で今日は助かったよ」
「ま、俺って案外器用みたいだからな?」
にやりと笑う顔はちょっと憎らしいけど、否定はできない。
「私だって、今日1日で上達した……はず!」
「ヒナは割と不器用だよなぁ」
言葉とは裏腹に、馨の表情は柔らかで、貶すような雰囲気はない。私は何だか二の句を継げない。すると、馨が私の左手をひょいと手に取る。
「針で刺したりしてないよな?」
「……それはないよ。隣で見ていたでしょ?」
「それは良かった」
大袈裟だな、と思うほどに安堵した表情を覗かせるから、戸惑ってしまう。さらに手が離れると思ったら、そのまま握られてしまった。
「え? なんで?」
思わず足も止まってしまう。街灯に照らされる2人の手を凝視する。完全に手を繋がれている。上下に振ってみるも、離れる様子がない。戸惑う私をよそに、馨は1度笑い声を落とすと歩き出してしまった。釣られて私の足も動き出す。
「ヒナと手を繋ぐなんて、おじさんの日以来だな」
言われてつい数ヶ月前のことが過る。あの日、手を繋いだのは私からだった。馨は渋々ながらも手を取ってくれた。だけど、何でだろう、あの時とは全然意味が違う気がする。
花火大会の日の透のことも思い出す。透の気持ちは保留状態だけど……ただの幼馴染みではないことは一応理解しているつもりだ。あの時、手を繋いだのは3人で手を繋いだ日とは全く別のことだった。
だけど、馨はどうなんだろう?
ずっと一緒にいたのに。馨の気持ちを私は知らないのだ。花火大会の日、馨は篠宮さんに告白されて断った。その気持ちも私は知らないままだ。
幼馴染みだからって、何でも話す必要はないって分かっているはずなのに。
「ねぇ。いつまでつな」
――ぐの? と最後まで言えなかった。
悪戯気な顔をしていると思ったのに。馨の耳は赤くなっていた。夜の景色の中に紛れることなく、はっきりと。だけど、それをからかって誤魔化すこともできず、私も口を閉じてしまう。対して心臓の音がうるさくなる。
「家に着くまで」
ぶっきらぼうに落とされた言葉が、妙に温かく響いて、困る。
私は3人でいたい。
だけど、今、この手を離すこともできない。
幼馴染みってどこまで許されるんだろう。視線を馨から無理やり剥がす。見上げた夜空には、まぶたを閉じたような上弦の月がある。私は視線を落とした。繋いだ手が、また目に入る。
夜の冷えた空気が、私の頬も熱いことを知らせた。