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メイド服が着々と仕上がっていく中、私は内装の手直しに追われていた。
最初の予定では、テーブルクロスは百均で買った布を簡単に縫製するだけだった。でも、メイド服と並べてみるとどうしても貧相に見えてしまう。メイドの格好をしているのにメイド喫茶に見えないというのは、何とも致命的。
どうしたものか……となった所で、
「刺繍でもしたら雰囲気変わるんじゃない?」
と外村くんがさらりと言ってしまった。うん、確かに刺繍の出来次第では百均の布も、それなりに見栄えの良いものになるかもしれない。でもね、刺繍を得意とする女子高生はそうそういないのだよ。少なくともこのクラスでは、佐々木さんを始めとした手芸部の子たち以外は経験者皆無だった。
文化祭まで1週間切った状態でそれは厳しくない?
思わず及び腰になってしまったけど……。
「大丈夫! 簡単なものにするから!」
気合いの入った佐々木さんの声がした。何やら闘志を燃やしている雰囲気だ。
佐々木さんは刺繍用の図案を瞬く間に仕上げていく。菫や水仙といった花を中心にしつつ、優美かつ可愛らしい模様が出来上がる。一見すると複雑そうなのだけど、面を描くサテンステッチと線を描くバクステッチの2種類の刺し方を覚えれば大丈夫なのだそうだ。
実際に手本を見せてもらうと、私にも出来そうに思えた。
だけど、いざ自分でやってみると、これって難しくない? 図案通りにしているはずなのに、何だか形が歪だ。
佐々木さんが仕上げた図案をコピーして、手の空いた子たちと4人がかりで進めているのだけど、明らかに私のだけ不格好だ。同じ図案だよね? あれ?
裁縫があまり得意ではない自覚はあったけど、もう少しマシな気はしていた。和恵おばちゃんがいるとは言え、お母さんは忙しいし、それなりに家事は手伝っていたはずなんだけどなぁ……って考えたら料理はしていたけど、裁縫はボタンを直すくらいしかしたことなかった。
あとは多分、アレなんだよね、きっとアレなのだ。仕方ない。アレなりに頑張るしかない。
「ヒナ、不器用だなぁ」
せっかくあやふやに誤魔化してやる気をかき集めていたのに! ばっさり切ってきた声の方を見ると、案の定、にやにやした馨がいた。
「何よ、馨だって似たようなものでしょ?」
さすがにこれが上手だとは言えず、憎まれ口を叩いてしまう。だけど、馨は気にした様子もなく笑みをこぼす。
「貸してみろよ」
「え、馨が刺繍するの?」
「俺だって刺繍くらい出来るさ」
やけに自信満々な様子に首を傾げつつも刺繍針を渡してみる。馨は他の作業している子たちの手元を少し見やった後、ためらうことなく刺し始める。みるみる内に菫の花の形が見えてくる。あまりの手際の良さに目が点になる。周囲で作業していた子たちの手もいつの間にか止まって、馨に釘付けになっていた。
「どうだ!」
自信満々の顔で広げられたテーブルクロスには、白い菫の花が咲き誇っていた。
「うん、すごい……」
素直に感嘆するしかなかった。周りも頷いている。
「馨って刺繍したことあるの?」
「いや、初めて」
馨って手先が器用だったんだ。そういえば、小さい頃、花火大会の夜店に出ていた型抜きも、よくやっていたっけ。細かい作業が案外得意なのだ。その辺は透とやっぱり双子だと実感してしまう。
「どうやったら綺麗に出来るの?」
文化祭まであまり時間もない。私は馨に教えを請うことにしていた。
「うーん、つっても上手く言えないんだけど……」
逡巡しつつ説明を始めるけど、うん、確かによく分からなかった。馨は感覚的にしているみたいだ。説明下手だ。それが微笑ましくて、ほんのりあったかな気持ちを感じる
説明は期待できないけど、目の前にお手本があるのはすごく助かる。
「ねぇ、馨も一緒に刺繍やろ!」
「うん、まぁ、いいけど」
歯切れは悪いけど、顔は何だか嬉しそうに見える。
私は馨の手元を参考にしつつ、刺繍を再開する。馨のものに比べれば不格好な出来であることには変わりない。それでも、先ほどまでより迷いなく進められている気がする。このまま慣れていけば文化祭当日には間に合う……はず!
私達は並んで白い菫の花の刺繍を仕上げていく。窓から差し込む夕焼けの光で、きらめいて見えた。