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10月になると、もう1週間程度で文化祭本番になる。まだまだ余裕があると思っていたら、全然そんなことなかった。授業が午前中だけとなり、午後からは文化祭の準備に充てられるようになるのは、本当に助かる。
まぁ、教室のあちこちに準備途中の備品の類があるので、午前中もじっくり授業をする感じではなくなっているんだけど……。
部活も実質休み状態になった。文化系はもちろん運動系も文化祭で何かしらしたりするので、あるようなないようなという感じだ。強豪校と言われるような所だったら、また違うんだろうけど、そういう意味ではうちの高校はのんびりとした校風なのかもしれない。
午後と放課後の区別がなくなり、私語であふれるにぎやかな教室は、祭への助走となっているように思える。少しずつ、でも確実にクラスの気持ちが一体となって前進していくのを感じる。
「できたー!」
教室内に一際大きな声が響く。手芸部の佐々木さんの手にあるのは完成したメイド服。黒のワンピースはひざ丈こそミニではあるけど、白いエプロンと合わせると不思議と淑やかな雰囲気が出る。エプロンにはレースがあしらわれていて、可愛さもあった。自分が着るとなると、なかなかハードル高いけど……。
メイド服は全部で6着用意する予定だ。今はまだ1着しか仕上がっていないけど、残りもほぼ出来上がっている。
なんとか間に合いそうで、ほっとする。
「いやー、最初はメイドってどうなのって思ったけど、こうして見ると悪くないね」
有美はなんだか嬉しそうだ。
「じゃあ、有美も着てみる?」
「私は調理班で十分だから」
前のめりで否定された。
「ああいうのはね、可愛い子が着てこそなのよ、私が着たらただの下働きになるじゃん」
冗談めかして言う有美の目は、だけどとても真剣だった。
「有美も似合うと思うけどな」
「私は現実を見ているのだよ」
現実を私も見たい……。でも、実行委員なので、率先してメイド服を着ることになる。当日のことを考えると、ちょっと遠い目になってしまった。
「ま、陽菜なら似合うでしょ」
「えー」
「ほら、馨くんも楽しみにしているんじゃない?」
「うーん」
確かにメイド喫茶を提案したのは馨だけど、楽しみにしているのかと考えると気恥ずかしいものがある。篠宮さんみたいに美少女だったら、難なく着こなせるのかな。そうすれば馨にも自信を持って見せられたのだろうか。あ、でも馨は篠宮さんの告白を断っているんだった。馨の好みって一体。
「お、なんか盛り上がっているな?」
悶々と考えそうになった所に、馨が教室に入ってきた。ほんのりと粉物のソースの匂いがする。
「メイド服が1着出来上がったの。サッカー部の方はどうだった?」
「うん、美味かった」
馨は満腹そうな顔をしている。1年生たちの様子見……というか味見をしてきただけのようだ。
「てか、メイド服いい感じじゃん」
「まぁね。発案者様のお眼鏡にも叶ったようで良かったよ」
「何だよ、その言い方」
「安堵しているんだけど?」
しかし馨が気に入った服を着てがっかりされた顔をされたら、と思うと更にハードルが上がった気がして、手に汗を握る心地だ。
「安堵しているようには見えねぇけど」
首を傾げる馨に、私は何とも言えない。素直に言っちゃうと意識していると思われるみたいで、それは焦りを覚えることだった。何も焦ることはないと思う。だけど、気軽に言える言葉でもなかった。
「ま、馨くんは当日を楽しみにしているといいさ」
明るい有美の声は助け舟を出すタイミングだったけど、むしろハードルの高さが大変なことになっていませんか、有美さん。
じっとりと横目で見てみるけど、有美は悪びれた様子もなく、にんまりしている。
「楽しみ、ね」
馨が意味深に呟くものだから、有美の笑顔はますます深くなる。
馨の瞳は期待が見え隠れしている。その瞳を見た瞬間、鼓動が忙しなくなる。顔も熱い気がする。熱を逃がすように、そっとため息をこぼした。
当日、何とかしてメイド服を着るのを回避できないかな……。実行委員の見回りの時間を増やしてもらおうか。いや、ペアで回らないといけないから篠宮さんの負担を増やしちゃうことになる。ダメだ。
咄嗟に妙案が浮かぶほど、私の頭の回転は速くないみたいだ。
結局、文化祭の準備に勤しむことで気を紛らわすしかなかった。