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委員会に行くと、外村くんはちゃんと先に来ていた。声をかけてくれても良かったのに、と思うけど、馨と話していたから遠慮されちゃったのかもしれない。
外村くんの隣に座って視線を前に向ける。壇上に委員長の姿はない。委員会が始まるにはまだ余裕がある。前の方に座る透と篠宮さんの姿が見えた。2人は何か話し合っているみたいだったけど、横を向いた透の視線が私を捉えると、ふわりと微笑んでいた。私も笑みを返してみたけど、言葉はなかった。
ふと気付くと、隣の篠宮さんの視線が生温かい気がする……。
何だろう、と思っていると、いつの間にか委員長が壇上に立っていて委員会が始まっていた。
文化祭実行委員というのは、当日にもそれなりに仕事がある。お祭りとなればハメを外してしまう生徒もいるし、2日目には学外の一般人も入れるようになるので、見回りや案内が必要になるのだ。2人1組でローテーションが組まれるから、自由時間が全くないわけじゃないけど、あんまりゆっくりはできないかもしれない。
組み合わせは基本的にはくじで決まる。あとはクラスや部活、有志の出し物に参加している場合、それに合わせて少し調整は入る。全体のプログラムの最終稿もこれで決まるので、割と重要だったりもする。
まぁ、委員長でも何でもない平の実行委員なので、大して気負うこともないのだけど。
深く考えずに引いたくじの結果、私は篠宮さんとペアになった。男子同士がいざこざを起こしていた場合、女子2人で大丈夫なのかな?
「よろしくね」
委員会を終えた教室で、篠宮さんは柔らかく笑む。私と同じ疑問は特に抱いていない様子だった。
「うん。よろしく」
笑顔を返した私に、篠宮さんがそっと近づく。
「もし水野くんと交代して欲しかったらいつでも言ってね」
囁かれた言葉は何だかとても艶やかな響きを持っていて、私の反応は少し遅れてしまった。
「え、篠宮さん、何を言って……」
「あ、水野くんって、この場合は透くんの方ね」
「いやいや、どっちでも同じだよ! 変な気遣いはいらないよ!」
慌てている私に対して、篠宮さんは優しげにくすりと笑みだけをこぼして、教室を後にする。透と付き合っていないことを篠宮さんには話したはずなのだけど……。
茫然と篠宮さんのいなくなった先を見つめていると、隣に影ができた。
「ツキ? どうかした?」
一緒に組むことになった人と話していた様子の透だった。私が透と組みたいと言ったら、篠宮さんは透の相手とペアを組むんだろうか。
「ううん、大したことじゃないんだけど……」
たぶん、と心の中で付け足す。
「そう?」
透は腑に落ちない様子だったけど、深く聞いてくることはなかった。代わりに、透とペアになった女の子が声をかけてきた。今までちゃんと話したことはなかった。
「あ、水野くん、月島さん、やっぱりペア代わろうか?」
「え、やっぱり?」
篠宮さんだけでなく、他の子まで言ってくるとは一体。透の方を見てみるけど、同じく困惑している様子だった。
「せっかくの文化祭だし、一緒に回りたいかな、と思って」
からかいやそういうニュアンスはなく、完全な善意のようだった。だけど、やっぱり、せっかく、とはどういう意味だ?
言葉を返せずにいると、いつでも言ってね、と言葉を残して去ってしまった。
「何だったんだろう?」
「さぁ?」
透と顔を見合わせるけど、お互い、首を傾げるしかできなかった。
とりあえず、今日もお互い文化祭の準備を頑張ろうと励まし合って、私達は互いの教室に戻ることにした。
放課後にも関わらず、どの教室にも生徒がいて、賑やかな空気が溢れている。教室だけでなく、廊下でも作業している。透のクラスのお化け屋敷のように分かりやすい所もある一方で、準備段階では一体何なのかさっぱり分からないクラスもある。当日が楽しみになる。
私は他のクラスの邪魔をしないように気をつけつつ、自分の教室に向かっていたのだけど、ふと窓の外に目をやると今日も部活に励む姿が見えた。運動部でも部活で文化祭に出る所もあるみたいだけど、サッカー部はどうなんだろう? 去年は確かたこ焼きを出していたような……。たこ焼きをサッカーボールに見立てているらしい。大きさ的にはピンポン玉のような気もしたけど。
「ヒナ?」
てっきりグラウンドにいると思っていた声が、後ろから聞こえてきてびくっとする。
「馨?」
振り返りつつ怪訝な声が出てしまう。
「何だよ、変な声出して」
「いや、てっきりグラウンドにいると思ってたから」
「ちょっとこけて擦りむいたからな」
見せられた肘の辺りは、確かに赤く滲んでいた。どうやら保健室に行く途中らしい。
「一緒に保健室に行こうか?」
「いや、大丈夫。ヒナは文化祭の準備で忙しいだろ?」
「ありがとう」
馨のちょっとした気遣いが嬉しい。
ふと先程気になったことも、ついでに聞いてみる。
「そういえばサッカー部の方は文化祭の準備ってあるの?」
「あー、サッカー部は今年もたこ焼き出すけど、準備は主に1年がすることになっているから」
「そうなんだ」
言われてみれば、去年、1年だからってやらなくちゃいけなくて面倒とか言っていたことを思い出す。きっとサッカー部の伝統なのだろう。
「なぁ、ヒナ」
馨が口を開いたタイミングで私の携帯電話が音を立てた。
「ごめん」
軽く謝ってから見てみると有美からだった。準備で確認したいことがあるから早く戻って来て欲しいとある。詳細は書かれていないから、よくは分からない。外村くんもまだ教室に戻ってないのかな。
「有美から呼び出し来ちゃったみたい」
「そっか。準備、やっぱ大変そうだな」
「まぁね。あ、それで話、途中だったよね?」
続きを促してみたけど、馨は小さく笑って首を振った。
「いや、急ぎのことじゃねぇからいいよ。早く教室戻れよ」
「そう? 馨もちゃんと手当てしてもらいなよ」
「おう!」
快活に頷く馨に見送られながら教室へと早足で向かう。廊下の曲がり角で馨がいた方を見てみたけど、もうすでにいなかった。
馨の話って何だったんだろう。
気にはなったけど、私の足は止まらなかった。