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月と太陽と  作者: くさき いつき
第8章 変化
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 日が傾き始めると、涼しいと感じるようになってきた。日中はまだまだ夏の残り香があるのに、夕暮れが迫る頃には途端に秋が顔を出す。特に窓際の席だと顕著だと思う。これからどんどん日も短くなっていくのだろう。

 確実に文化祭が近づいているのだと実感する。

 そして教室も狭くなってきている。空き教室にある程度備品は置いておけるけど限度はあるってことで……教室にも文化祭準備でできた荷物があるため、普段より全体に机が教壇側に寄っている。先生も圧迫感を覚えている様子だ。

 板書をノートに取っていると、ゆらりと揺れる頭が目についた。アッシュブラウンの髪の毛が、窓から差し込む日で暖かそうにきらめいている。


 馨だ。


 昼休みからの体育に続いての古典。眠くなる気持ちも分からないではないけど、前から2番目の席で居眠りはかなり危険だ。

 起きろー! って念じてみるけど、当然離れた席からでは無意味だった。

 あえなく、馨は先生に当てられてしまっていた。眠気眼では問いも分からず、隣の席からの救助もない。あぁ、無情……。

 まぁ、古典の先生は基本穏やかな先生だから大丈夫だよね。結局先生が読んで、さらに解説まできちんとしてくれている。その間、馨はずっと立ったままだったけど……。

 やがて終了を告げるチャイムが鳴る。後はホームルームを経て、今日も今日とて文化祭の準備だ。


 気合い入れないとね!


 なんて思っていたら馨から声を掛けられた。


「ヒナ、ノート見せて」


「古典の?」


「おう、自分で自分の字が読めねぇんだ」


 何を言っているんだ、馨は。首を傾げながら馨のノートを見てみると、古文書みたいだった。古典だからかな?


「達筆だね……?」


「いや、普通に文字書けてねぇだけだから」


 どうやら馨は私が気付く大分前から船を漕いでいたみたいだ。


「じゃあ、どうぞ」


 特に貸すことを拒む理由もないので、古典のノートを差し出す。板書をそのまま写しているだけだから、見やすいかどうかは分からないけど。


「サンキュー、助かる」


「いえいえ、文化祭終わったらすぐ中間だしね」


「今それ言う必要ないだろ……」


 恨みがましい目で見られる。馨にとっては部活ができない期間でもあるから、憂鬱さも倍になる案件なのだとは思う。余計なお世話だったな、と私は笑って話を変える。


「ごめん、ごめん。今日も部活だっけ?」


「ああ、準備手伝えなくてごめんな」


「気にしないで。10月になったら、がっつり手伝ってもらうから」


「おう、任せとけ」


 馨が力強く頷いてくれる。それと同時に私の携帯電話がピロンと反応する。メッセージが届いたみたいだ。


「透?」


「うん、そうだよ」


 確認しながら答える。

 今日は文化祭実行委員会があって、当日の役回りの話し合いが行われる。そろそろ移動しないといけない。外村くんは、いつの間にか教室からいないし。

 少し前だったら透は教室に迎えに来ていたと思う。だけど、ここ数日はメッセージでのやり取りの方が多い。透の気持ちはまだきちんと言葉にはされていないし、私の想いも定かにはできていないままだ。

 だけど、ちょっと居心地は良くなった気がしている。


「透とはうまくいっているのか?」


 馨の言い回しに、私の眉は訝しげに動いた。


「うまく?」


「ここん所、もう戸惑っていないみたいだからさ」


「まだ何とも言えないけど……」


 馨はどこまで透から話を聞いているんだろう。言葉に詰まり、結果、馨の瞳をじっと見つめることになってしまった。改めて見ると双子でも顔って結構違う。馨の髪色はアッシュブラウンで、今は日焼けが残っているせいもあるけど、顔のパーツ自体が地味に違う。


「なんだよ、そこで言い淀まれると気になるだろ」


 ほんの少し垂れ目の馨は、眉を顰めてみても、どこか愛嬌がある。


「うん、何と言うか、まだ言葉に出来ない……」


 馨は一瞬、考え込むような表情を覗かせたけど、大きな声が響いて掻き消された。


「かおるぅっ! 先に部活行ってるぞっ!」


 重田くんだった。今日も元気いっぱいみたいだ。歩いていく後ろ姿は、部活を楽しみにしていることがよく伝わってくる。


「じゃあ、私も今日は委員会あるから行くね」


「おう、じゃあな」


 何だか歯切れが悪い雰囲気になった気がする。だけど、これ以上重ねる言葉も見当たらない。


「古典のノートは次の授業までに返してね」


 仕方なく、そんなことを付け足して、教室を後にしていた。何となく去り際の馨の表情を確かめることはできなかった。

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