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透と1度きちんと話そう。
そう決意してみたものの、学校では文化祭の準備に忙しくて、なかなか2人の時間は作れない。登下校の間は、歩きながらだとどうも透のペースになってしまって、上手くいかない。電話ではなく、できれば直接面と向かって話したいんだけどな……。
我ながら情けない気持ちになる。
結局の所、自分の覚悟が足りないのだろうか。
「ツキ、どうかした?」
悩みながら廊下を歩いていると、狙い澄ましたように透が声をかけてきてくれた。ちょっとドキリとする。
「あ、うん、調理の申請書に抜けがあったみたいで、今から修正に行くところ」
帰りのホームルームの後に、先生に簡単に言われたので具体的なことは分からない。チェック項目を直すだけでいいとは言われているので、クラスのことは外村くんに任せて、私1人で文化祭実行委員会用に与えられた教室に向かっている。
「そうなんだ。調理系は書類多いもんな」
「うん、衛生面とか考えたら仕方ないけどね」
透は当たり前のように一緒に並んで歩いている。今手伝ってもらうようなことはないのだけど……。
「透も実行委員に用事?」
「お化け屋敷で使う暗幕がちょっと足りないかもだから相談に行くんだ」
「なるほど」
目的地は一緒。今なら話すことができるかな。しかし廊下だとあちらこちらに準備を進めている生徒がいて、とてもゆっくり話せる雰囲気ではない。かと言って抜け出して話すほどの時間はないし、そもそも空き教室が今はほぼない。文化系の部活の展示の準備が進んでいたり、文化祭までの一時的な倉庫として使われていたり、何かと人の行き来が多い。
さて、どうしよう。
「水野くん!」
逡巡した所で、後ろから凛とした涼やかな声が響いた。振り向くと篠宮さんがいた。走ってきたらしく、髪が少し乱れているけど、それさえも魅力的に見える。
「篠宮さん、どうしたの?」
「悪いんだけど教室に戻ってくれない? 実行委員の方は私が行くから」
「何かあった?」
首を傾げる透に対して、篠宮さんは簡潔に状況の説明をしていく。どうやらお化け屋敷の仮組をしているのだけど、力仕事が多いので手伝って欲しいみたいだ。実際に出来あがってから壁や天井とサイズが合いませんでした、では困るもんね。というか現時点で仮組できるくらいに進んでいることに驚きだ。
透は仕方ないといった様子で教室に戻って行った。またもや話せなかった。
「ごめんなさいね」
不意に篠宮さんに謝られる。なんのことだろう?
「せっかく水野くんと2人でいたのに邪魔しちゃったでしょう」
そういうことか! 確かに話したいことはあったけど、その言い方だとすごく誤解されてそう!
「邪魔ってことはないから気にしないで。話す時間くらいいつでも作れるから」
半分本当で半分嘘だ。話しながら、私達は一緒に歩き出していた。目的地は一緒だからね。
「そう? やっぱり付き合うとなると違うのね」
「え?」
人もそれなりにいる所で、何だかとんでもないことを言われた気がする。ほのかなざわつきが聞こえる。でも、困惑する私に対して篠宮さんの反応は冷静だ。
「あら、やっぱり違うの?」
「やっぱりって……」
「委員会とかで2人の様子を見ていたらね。でも気になったからカマをかけてみただけよ」
「そうなんだ」
周囲のざわめきがさっきとは違う広がり方をしている気がする。誤解が解けている? 今の短いやり取りで? 篠宮さんは人心掌握とか得意だったりするのかな。周りの様子なんて素知らぬ顔で歩く篠宮さんの横顔は、やっぱり綺麗だ。
実行委員会の教室がある廊下に出ると、周囲に人はいなくなっていた。この辺りは文化祭の出し物では使われないせいだろう。実行委員の人は頻繁に通るし、周囲の教室が倉庫代わりになっているので、全くの無人というのも珍しいのだけど。
そこで私は思いきって口を開いていた。
「あの、篠宮さん」
思った以上に真剣な声音で響いた。篠宮さんが足を止め、私も立ち止まる。
「馨とは……その後上手くいったのかなって思って……」
篠宮さんは目をパチクリさせたかと思うと、笑みをこぼした。
「何も聞いてないの?」
「うん、馨からは特に何も……」
「幼馴染みなら筒抜けかとも思ったけど、口は堅いのね」
何だか嬉しそうな響きで呟く。私は首を傾げるしかできない。やっぱり聞かない方が良かったのかな。幼馴染みだからって無遠慮に踏み込み過ぎたかもしれない。
「私、振られたのよ」
質問を撤回しようとしたら、篠宮さんはさらりと言葉を放っていた。気になっていたことの答え。でも、いざ聞くと反応に困ってしまった。
「そう、なんだ。なんか、ごめん」
「月島さんが謝るようなことじゃないわ。もう終わったことだし」
「そう、なの?」
「命短し恋せよ乙女というでしょう?」
微笑む篠宮さんは美しい。切なさに縁取られたような瞳から、実際には新しい恋はまだ訪れていないのだと思う。それでも前へと進もうとする強さが美しい。
私に足りないものだとも思う。
「それにね、ずーっと自分の中だけで溜めこむのは疲れるもの。言葉に出来たのは良かったわ、ありがとう」
そうしてイタズラに成功した子供のように笑う篠宮さんは、年相応で可愛かった。
「でも不躾に聞いてごめんなさい」
「いいのよ。本当に気にしないで」
これ以上私が気にしても失礼なことなのだろう。何とか笑顔を作って頷くと、篠宮さんは歩き出した。
「月島さんもあんまり溜めこまずに、ちゃんと言葉にした方がいいわよ」
助言とも忠告とも取れる言葉は、私の凝り固まった部分に突き刺さる。
「ありがとう」
自然とこぼれ落ちた言葉に、篠宮さんはまた微笑んだ。やっぱり美しい。
そして私は実行委員会の教室のドアに手をかけた。まだまだ忙しい放課後は終わらないのだ。