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月と太陽と  作者: くさき いつき
第7章 距離
34/57

3

 忙しい毎日がやってくる。

 頭では分かっていたことだけど、実際はそれ以上だった。


「月島さん、看板に使う板って、どこかでもらえるの?」


「テーブルクロス用の布の予備ってあったっけ?」


「メニュー表って何枚くらいいるかな?」


「あ、絵の具足りないかも」


 そんな感じで次々に質問が投げかけられる。5分として、自分の作業に集中することはできない。文化祭の準備が始まって早1週間。放課後は恐ろしい程のスピードで通り過ぎていく。


「看板用の板とテーブルクロス用の布、ここに置いておくね」


 常にプチパニック状態の私に対して、外村くんには余裕があるように見える。最初はおっとりした印象だったのにな。意外とそつがない。


「ありがとう。助かるよ」


「僕も実行委員だからね。それに……」


 外村くんの視線を追うと、教室から離れていく透の姿が見えた。


「今日も水野くんが手伝ってくれたから平気」


「そうなんだ」


 頷きながらも、私の気持ちは少し複雑だ。有り難いと思う気持ちも勿論あるのだけど、それ以上に困惑が強い。今日に限らず透はそっとサポートしてくれている。私の荷物を一緒に運んでくれることもあるし、今回みたいに外村くんを介して手伝ってくれることもある。

 透のクラスは大丈夫なのかな、と心配になって特進クラスに行ってみたらお化け屋敷の準備が着々と進んでいることが見て取れた。


――どうしたの? 何か手伝おうか?


 そして目ざとく私を見つけると、そんな声をかけてくれるくらいに透には余裕があった。

 私と透は馨も含めて幼馴染み。それは一緒に登校することもあったので、割と周知の事実ではあった。だけど、1学期までは透が教室にまで来ることはほとんどなかった。だのに、2学期になってからはほぼ毎日教室に現れる。今みたいに私に話しかけないこともあるけど、周囲の興味を刺激するには充分だった。


「ねぇ、陽菜。何度も聞くようだけど付き合ってないんだよね?」


 最初は軽い調子でからかっていた有美も戸惑っている。


「うん、付き合ってないけど……」


「腑に落ちない」


 悩める有美に、今の私は適切な回答を持ち合わせていなかった。


「作業的には助かっているからいいけどね」


 外村くんの瞳からは、興味の色が感じられなかった。みんながみんな、これくらいあっさりしていると助かるんだけどな。現実は厳しい。


「月島さーん、こっち手伝ってー!」


 声のした方を向くと、興味津々のオーラが見えた。私は今日はメニュー表作りをしつつ、あれこれ聞かれることになるらしい。何もないよー、としか言いようがないんだけど、果たして納得してくれるだろうか。幼馴染みであることを、いつも説明して回ってくれていたらしい透と馨の苦労を今更ながらに実感する。

 頑張って、という有美の哀れみの目に見送られながら、私は手伝いに入る。

 9月の内は部活に入っていない人だけで作業しているのでまだマシだけど、10月になれば放課後は完全に文化祭準備の時間になる。今以上に騒がしくならないといいな、という淡い希望を抱く。

 でも難しいかな。重田くん辺りは悪気なく噂を広げてしまいそうだ。快活で裏表のない元気な彼の声はよく通る。

 そういえば馨は透本人から何か聞いていたりするのかな。サッカーの練習で朝も放課後も忙しい馨とは、最近あまり話せていない。違うクラスの透との方が話す量が多い気がする。

 馨も透の変化には気づいていると思うのだけど……。

 1度、馨に相談してみるのもありなのかもしれない。

 なんて思いながら帰宅したら、リビングでくつろぐ馨に遭遇した。


「何してるの、馨?」


「部活が珍しく早い目に終わったから寄ってみたら、おばちゃんと入れ違いでさ、留守番任されてる」


「それはどうも……」


 せっかく来たんだからゆっくりしていってー、と言われつつ無理やりお茶菓子をすすめられたんだろうな。リビングのテーブルには、麦茶が入っていたと思われるコップが置かれている。何だか申し訳ない気持ちになる。和恵おばちゃんにとって、馨と透はもはや家族みたいな扱いになっているんだろう。

 とりあえず鞄を下ろした私は、馨の目の前に座る。


「こんな時間まで文化祭の準備ってしてるんだな」


「私は実行委員だから、後始末も色々とあるから」


 馨はちらりと視線を窓の外に向ける。もう夕闇が迫っている。じきに月が輝きだす時間になるだろう。


「1人で帰ったのか?」


「あ、大丈夫。何だかんだで透が毎日送ってくれるから」


 クラスによって準備を終える時間はまちまちだと思うのだけど、透はいつも私を待っていてくれる。暗くなる帰り道に1人はやっぱり不安にもなるので助かってはいるけど、周りの興味を助長しているような気もする。

 今までだって一緒に帰ることはあったんだけどな……。


「透か。まぁ透と一緒なら……」


 おそらく安心と言いかけた馨の口が不自然に止まる。少し思案した後に、再び口が開いた。


「最近、妙に透がヒナに構ってる気がするんだけど、気のせいか?」


「馨にもそう見える?」


 馨の口ぶりからすると、透から直接話を聞いている訳でもないのかな。


「まぁ、なんつーか、押せ押せな感じはするかな」


 部活で忙しい馨からしても、そう見える部分があるということは、文化祭準備をしているクラスメイトからすれば更に露骨になるんだろう。


「家では透と何か話してないの?」


「最近はあんまり話せてないなー。まぁ例え話せていてもこればっかりはな」


 曖昧に言葉を濁す馨に首を傾げたけど、深く話して聞かせるつもりはないようだ。馨に相談するのも微妙かな。次の言葉にあぐねると、柔らかな声が響いた。


「ヒナは自分の気持ちに素直に行動したらいいと思うぞ。嫌なら嫌って言ってもいいし」


「大丈夫かな」


「透はそんな軟でも無神経でもねぇよ」


 そう断言する馨からは透への信頼を感じられた。透の今の行動も意味があるもの。そしてそれはきっと、花火大会の帰り道の時から続く気持ちなのだ。

 理解が追いついてきても、それに対する答えを私はまだ持っていない。


「ところで文化祭の準備ってどうなってんだ?」


 馨の話の方向転換に私ものっていく。お互いに1日の疲れがあるだろうに、笑顔がこぼれた。

 夜の帳は静かに穏やかに下りていった。

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