2
文化祭実行委員会が行われる教室では、さすがにクラスごとに分かれて座った。けど、何だか視線を感じるような? 篠宮さんじゃない。透だ。
なんだろう。気のせい、じゃないよね?
前を向いて? 透?
私の無言のメッセージは、透の微笑みで打ち消される。
委員長の言葉に耳を傾けつつ、隣に座る外村くんを見ると、ちょっと苦笑いしているような気もしないではない。何だ、何があったんだ。教室に迎えに来た行為も、やっぱり違和感がある。
昨日までは特に変化はなかったよね? 一緒に宿題をした時も、昔との変化を感じはしたけど、ここまでの急な変わりようじゃなかったはずだ。
混乱した頭では上手く整理できず、委員会の内容も右から左にすり抜けていく。気付いた時には委員会は終わっていた。
まずい。外村くんに内容の確認しておいた方がいいかも。
そう思い、外村くんに話しかけようとしたら透が目の前に立っていた。
「ツキ、委員会終わったし帰ろうか?」
「え、あ、ちょっとまだ確認したいことがあって……」
「確認?」
「今日の委員会のことで、ちょっと」
透の視線が気になって集中できなくて、全く頭に入ってないんだよ! と本人には言いづらい。
「じゃあ、帰りながら話聞くよ」
あ、そうなる? でも、今の透と2人きりは大丈夫なんだろうか……。ちらりと外村くんを見ると何故か生温かい目で見られた。
「じゃあ、僕はちょっとクラスに戻るから」
挨拶もそこそこに、そそくさと目の前から立ち去る外村くん。あれ、避けられた? 面倒事だとでも思われちゃった? ちょっとかなしい。
篠宮さんは……と思ったら、篠宮さんどころか教室にはもう透と私しかいなかった。今日も話せなかったな。
「ツキ? 帰るよ?」
鞄を手に持つ透に促される。私は諦めにも似た気持ちで透の隣に立つ。
帰り道は残暑を感じさせる。夕暮れには1歩早い。まだまだ日差しの威力を感じる。そして透からは何故か圧力を感じる。笑顔なのに。
「あの、透、今日はどうしたの?」
思いきって尋ねてみる。透は微笑みを崩すことなく、私を見る。
「どうって?」
「いつもと様子が違うっていうか、その……」
上手く説明できない。見上げた空は爽快な青なのに、気持ちはすっきりせず、何だかうらめしい気分になる。
透は少し思案したようにまつ毛を揺らす。
「そうだな……もし違うとしたら、気持ちを抑えることをやめたからかな?」
それはつまりどういうことだ。戸惑う私に対して、透はまた笑みを深める。
「ツキは無自覚だからなぁ」
「え、何が?」
「例えばさ、一緒に宿題した時、誰のこと見てた?」
「誰って馨と透と、あとは和恵おばちゃんくらいかな」
他には誰もいなかったんだから、その3人に決まっている。当然のことのように答えたけど、透は未だ眩しい太陽を一睨みしてから苦笑をこぼす。
「やっぱ無自覚かぁ」
どういうことだ? 首を傾げる私の頭を透がぽんぽんと撫でる。え、突然なんだ? 私は理解できずに立ち止まってしまう。透も私を置いていくことなく足を止める。
「まぁ、どういうことかはじっくり考えてみてよ」
心読まれた?
「ツキ、今、百面相しているからね。顔見たら分かるよ」
え、本当に?
「本当、本当」
透は今度は楽しそうに笑みを落とす。そしてまたゆっくりと歩き出す。つられて私の足も動き出していた。
「あ、でも無自覚のままでいてくれた方がいいのかな」
不意に独り言のようにこぼれた言葉には、どこかせつなさが混じっているように聞こえた。透の横顔からはもう笑顔は消えていた。
幼馴染みのはずの透の存在が一瞬遠くなった気がした。だけど少し手を伸ばせば繋げるくらいに身体は近い。日差しに伸びる影は、中途半端な距離を保っている。
電車に乗っても、その距離が変わることなく無自覚という単語が何故かリフレインした。せっかく今日の委員会の内容を話してくれているというのに、私は頷くことしかできなかった。
「じゃあ、ツキ。明日からもよろしく」
いつものように手を振り別れる時に告げられた言葉。それはまるで宣戦布告のように響いた。歩き出した透の背に、幼かった頃の面影はもうない。知っていたのに、今更のように分かった気がする。
ただ太陽の光に煌めく綺麗な黒髪は、今も昔も変わらなかった。