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月と太陽と  作者: くさき いつき
第6章 宿題
31/57

5

 どうしてこうなったのだろう。

 いや、夏休み最終日の恒例行事だ。分かっている。でも今年に限っては、どうして、と考えてしまう。

 目の前には宿題を広げる馨と、麦茶を飲む透。私の手元には英語の問題集がある。私の家のリビングで、夏休みの宿題を一緒に片付けていた。

 小学生の頃からの変わらない景色。と言っても、透は昨日までに全て片付けてしまっているし、私も今している問題集だけだ。あと数ページで終わる。馨だけは半分くらい残してしまっているけど……。


「無理だ。絶対終わらない……」


 呻きながら、因数分解の問題を解いている。悩んでいるみたいだけど、意外とシャーペンは止まらずさらさらと動いていく。私が躓いていた問題でさえ。

 いつの間に数学が得意に……?


「馨、それ答え間違ってるぞ」


 すかさず透の指摘が入っていた。どうやら正誤は気にせずに、ただ解答を埋めているだけみたいだ。


「いいんだよ、終わってれば」


「まぁ馨がいいならいいけど。実力テストで後悔すると思うけど」


「うっ」


 透の大きく鋭い刃は馨だけでなく、私の心にもダメージを与えた。そうだよ、2学期になったら文化祭だけじゃなく実力テストもあるんだよ。先生曰く、夏休みの宿題を真面目にやっていれば大丈夫な問題ばかりらしいけど、そもそも理解しているかどうか怪しいので、結果は厳しいものになると予想される。つらい。

 英語が終わったら数学の問題を見直そうかな……。


「どうしたの、ツキまで深刻な顔して」


「実力テストのことを考えたら、ちょっと……」


 透は相変わらず自然だな。透自身は宿題を終えているのに、わざわざ恒例行事というだけで付き合ってくれるのだから律儀だ。


「分からない所があれば教えようか?」


 しかも優しい。特進科の透に教えてもらったら、少しは理解できるかな? でも、と考えてしまう。透の気持ちが見え隠れしている今、勉強を教えてもらうという行為は気持ちに踏み込むことになるのだろうか?

 気にしすぎだと思う。今までなら気にしていなかった。


「とおーるぅー、俺にまず教えてくれぇー」


 疲労困憊に伸びた声が響く。馨がテーブルにかじり付きそうな勢いで、問題とにらめっこしている。


「どの問題?」


「これだよ、これ。俺にはもう呪文にしか見えねぇ」


 透は馨にも優しい。嫌な顔1つせずに教えている。双子だけど、得意分野が全然違ったから、今まで変に比べられることもなかったお陰かな。思春期を迎えても2人は仲良しだ。

 だけど、気持ちの奥までは分からないんだよね。花火を見上げた帰り道の会話が頭をよぎる。馨も透に対して思うところがあったりするのだろうか。

 というか、馨は夏休み最終日に一緒に勉強していていいのかな?

 彼女ができたらもっと一緒に過ごしたいと思うものだと思うけど、篠宮さんとの関係は結局聞けず仕舞いだ。

 篠宮さんとも最近は話せていない。毎週文化祭実行委員会で会ってはいたのだけど、花火大会以降、どうも避けられている気がする。いや、避けられているというほど親しかった訳でもないけど……。以前の状態に戻ったというのが正しいのかな。

 まぁ付き合っていることをオープンにしたくないカップルもいるだろうし。……付き合うことにはならなかった可能性もあるし。

 相談はされたけど、私からあれこれ篠宮さんに聞くのはやっぱり気まずい。

 ちらりと馨を見ると、先ほどまでよりは考えて問題を解いているようだ。透の指摘は変わらぬペースで入っているので、出来は芳しくないみたいだけど。

 考えても答えが出ない問題は一先ず横に置いて、私も問題集に向き合うことにした。と思ったら、出鼻をくじかれた。


「青少年たち! お昼できたよ!」


 勢いよくドアを開けながら和恵おばちゃんが入ってきた。言われて時計を見ると、もう正午を過ぎていた。朝の10時に集合してから2時間ちょっと。休憩を入れるには良い頃合いかもしれない。


「和恵さん、ありがとうございます」


 透が微笑めば、馨も笑顔を見せる。


「おばちゃん、サンキュー」


「お姉さんと呼びな!」


 すかさず訂正とともに、馨の脳天にチョップが入っていた。


「いてっ! 乱暴すんなおば……」


「ん?」


「優しいお姉さん、昼食ありがとう」


 和恵おばちゃん……お姉ちゃんの眼力は鋭い。姪の私はお姉ちゃん呼び、透と馨にはお姉さん呼びを強要するやり取りも昔から変わらない。確かに外見だけで言えば20代で通りそうなくらいに綺麗だけどね。名前だけで呼ぶ透は賢明かもしれない。

 とにもかくにも昼食だ。腹が減っては戦は出来ぬと言うしね。残りの宿題は午後から頑張ることにする。


 ナポリタンにオムレツと野菜サラダ。どれも手の込んだものではないけれど、シンプルに美味しい。夏休みの昼食なら充分すぎるくらいだ。

 透と馨も美味しそうに頬張っている。何だか昔を思い出すような……。懐かしいようで、そうでもない。もう何年も見ている情景だ。映画のフィルムが巻かれるように、幼かった2人がどんどん成長していく。

 高校生になった2人は、少しずつ私の知らない側面を増やしている。

 透からの気持ち、馨との関係。

 今はまだ答えが出ない。夏休みはもう終わってしまう。2学期に持ち越すことになっちゃいそうだ。

 ただ3人で過ごす日常が続いたなら、と願う私がいる。

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