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月と太陽と  作者: くさき いつき
第6章 宿題
30/57

4

 夏休みがもうすぐ終わってしまう。


 そう実感したのは、夏休み最後の文化祭実行委員会を終えた時だった。2学期までの日数は、もう数えるほどしかない。

 おかしいな……何かもっと夏らしい思い出があってしかるべきなのでは?

 花火大会には行ったけど、海はもちろんプールさえ行っていない。旅行だってしていない。いや、週1で委員会があったしね? 仕方ないね?


「月島さん? どうかした?」


 声のした方を見ると、外村くんが首を傾げていた。


「ううん、別にどうもしてないよ」


「そう? もう委員会終わってるよ」


 言われてみれば、みんな鞄を手に席を立ち始めている。外村くんの座っていた席にも、もう筆記具の影は見えない。


「ちょっと、ぼーっとしていただけだよ」


「今日も暑いから気をつけて」


「うん、ありがとう」


 頷きながら、私も筆記具を片付けていく。ふと視線を前に向けると、透と目が合った。にこりと微笑まれる。見慣れた笑顔のはずなのに、今はほんの少し戸惑いを覚えてしまう。笑い返せば、透の気持ちに踏み込むことになるのかな。

 かと言って無視するのもおかしな話で、結局微笑んでいた。表情筋が固い気もするけど、きっと気のせい。


「ツキ、もう帰る?」


 透はいつもと変わらない態度だ。近づいた距離に緊張するのは私だけなのかな。ちらりと外村くんを見てから、私は首を横に振った。


「ごめん。クラスでもうちょっと打ち合わせがあるから」


「そっか。分かった」


「うん、じゃあね」


「ああ、またな」


 あっさりと透は背を向ける。その背中には気負いも気落ちもない。本当にいつも通りに見える。


「打ち合わせ、いいの?」


 透が廊下の向こうに消えた所で、隣から声がかかった。外村くんは怪訝な顔をしていた。


「えっと……うん、大丈夫だよ」


「……ケンカでもした?」


 誤魔化しはきかないみたいだ。遠慮がちに尋ねられ、でも私は曖昧に笑ってしまう。


「ケンカでもないんだけど、なんて言うか……」


 言葉を探すけど、続きが出てこない。気持ちの整理が上手くできていない。透に対して戸惑いを覚えているけど、何故なのか説明しようとすると、モヤっとする。以前と変わらない透を見た後だと特に。

 不意に2人の間を軽快な音が流れる。携帯電話を見ると、有美からメッセージが届いていた。

 教室に着いたよ~、と一言だけ。今日の打ち合わせには有美も来てくれることになっていたのだ。私は安堵していた。


「有美が来たみたい。教室に行こう」


 答えをはぐらかした私に対して、外村くんは追及するようなことはせずに頷いていた。


 夏休みの自分達のクラスには有美以外、誰もいない。空調をつけたらしく快適。だけど、まだ日中なのにもう放課後になったような、妙な寂しさを感じる。2学期になって文化祭の準備が本格化したら、放課後でも見ることは難しい景色かもしれない。

 そんな中、元気いっぱいに手を振る有美はなかなかに存在感がある。


「委員会おつかれー。何か変更点あった?」


「大きな変更点はないよ」


「毎週夏休みにわざわざ来てるのにねぇ」


 確かに、変更点とかないなら来る必要もないのでは……と思うけど、細々とした予定や予算を詰めていく必要はあるからね。仕方がないと割り切っている。


「有美こそ、夏休みなのに来てくれてありがとう」


「いいの、いいの。もう予定とかもなかったし」


 笑顔で答える有美は夏を満喫したらしく、ほんのり日焼けしている。夏の日差しは日焼け止めだけではカバーできないこともある。


「じゃあ、始める?」


 外村くんの表情からは、先ほどのことを気にかけているのかどうかは分からない。でも、蒸し返したところで結局上手くは答えられない。私は流されるようにして、文化祭の準備に集中することにしていた。

 喫茶店をするなら、教室内の装飾もそれなりにこだわりたい。メイド喫茶というなら尚更だろう。実際に買い出しをしたり、裁縫をしたりするのは2学期が始まってからだ。私達だけでは気付かなかったことも、人が集まれば色々と出てくるとは思う。でも、基本的な指針や予算の枠組み作りは文化祭実行委員の方で整えておく必要がある。行き当たりばったりでは、まとまるものもまとまらない。

 テーブルや調理スペースの設置、メニュー表や看板、テーブルクロスの準備など、改めて洗いだしていくと作業は多い。何よりメイド服の制作の負担が大きい。

 これらをクラス一丸となって進めていくとしても、作業時間は放課後がメインになるので、それなりに日数がかかりそうだ。材料費のことを考えると、装飾にあまり予算をかけることも難しい。

 今日の委員会で最終的に決定した日程と予算と照らし合わせながら、ある程度の予定を組んでいく。文化祭のある週になると、午後の授業が準備時間に割り当てられるけど、それまでは通常通り授業もある。部活だってある。文化祭の準備に限っても、クラスの出し物だけでなく、部活や有志の出し物に参加する人もいるだろうしなぁ。

 結構、ギリギリなんじゃないかな……。

 2学期になったら慌ただしい日々がやってくる。それが私達3人の共通認識になった。


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