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今が夏休みで良かった。
なんて昨日までは思っていた。今日は文化祭実行委員会のある日だ。部屋に籠っていれば透や馨と会う機会はぐっと減る。だけど、学校に行くとなると、そういう訳にもいかない。中途半端に間が空いた後で会う気まずさ。これなら翌日にすぐに会った方がまだ良かったかもしれない。
とはいえ、馨とは会う予定はないので少しマシだ。というより会うことができない。今日は選手権の地区予選の1日目だ。応援に行きたかったけど、委員会と時間が重なっているのだから仕方ない、と思う。
篠宮さんのことを考えると、行かなくて良かったのかもしれない。馨から交際宣言とかを受けてないので、本当の所は結局分からない。花火大会に一緒に行って別々に帰ってきたのに、何も言ってこないこともあって、やっぱり気まずい気がする。
2人との接し方に戸惑う日が来るとは思わなかったな……。
透の花火大会の時の態度は、やっぱりそういうことでいいのかな。あの時、真面目な顔をする透に、私は何も言えなかった。透も特に言葉を足さなかった。家まで送ってくれて、そのまま別れた。健全だ。何もやましいことはない。今までの幼馴染みの関係だ。
だけど、しっくりとこない。違和感がある。
姿見に映る自分の姿をじっと見る。制服はいつもと変わらない。顔もいつも通り、だと思う。
「大丈夫! 今までと同じ!」
わざと大きな声で宣言をして気合いを入れた。
いざ委員会が始まると、何とも居心地が悪かった。特に何か言われたわけじゃない。透と一緒に登校した時は、まだ平気だった。顔を正面から見ることはできなかったけど。透もあえて何も言ってこないみたいだった。透なりに気を遣っているのだろう、と何となく分かる。
でも、篠宮さんは? 先日まであんなに感じていた視線を全く感じない。まるで教室にいないみたいだ。そっと後ろを向くと、確かに座っている。
馨と上手くいったから、もう私のことを気にする必要がないってことかな?
そう考えると落ち着かなくて、委員会に集中できなくなる。うーん、と頭を振ると隣から視線を感じた。外村くんだ。
どうかした?
口の動きだけで尋ねてくる。黒板の前では委員長があれこれと話している。大きな声は出せない。私は何でもない、と首を横に振る。外村くんは一瞬停止した後、結局何もリアクションせずに前を向いた。どう理解してくれたのか気になる……けど、ここは前向きに捉えることにしておこう。
今は委員会に集中しよう。
ひとまず2学期になったら慌ただしくなりそうだ。今日の委員会で改めて文化祭の大変さを感じた。クラスをちゃんとまとめることできるのかな。
溜め息を1つこぼして頭を切り替える。やっぱりすっきりしないままいるのは良くない。すっきりしたい!
委員会の終わった後の教室を見回すと、篠宮さんがちょうど廊下に出る所だった。私は外村くんへの挨拶もそこそこに、慌てて鞄を掴んで追いかける。
「篠宮さん!」
振り向いた篠宮さんは、相変わらず儚げで守ってあげたい欲にかられる。とても馨のことで必死になっていたとは思えない。
「どうしたの、月島さん」
「えっと……」
思わず声を掛けたものの、馨と付き合っているの? とずばり聞くのも何か違う。廊下のど真ん中でする話でもない。
「今日馨たちが試合に勝ったら、2回戦の応援に行く?」
迷った末にそんなことを聞いていた。彼女なら行くよね? もし振られたなら行かないよね? 我ながら姑息な聞き方だとは思うけど、ストレートに聞くよりは良い……かな。
「応援?」
「うん。今、選手権の地区予選してるでしょ?」
「そうね、私が行ってもいいのかしら」
それはどういう意味でしょう。私は何と答えていいのか分からず、視線を泳がしてしまう。
「まぁ、明日決めるわ」
そう言い切ると、もう話は終わりと言わんばかりの態度でさっさと歩いていってしまう。廊下の曲がり角で、篠宮さんの黒髪が揺れるのをただ見届けるしかできなかった。
結局、どっちだったんだ?
すっきりはできなかった。やっぱりストレートに聞くべきだったかな。でも幼馴染みとはいえ部外者の自分が聞くのも変だよね。いや、今すっきりしていない時点でおかしいのかな。いやいや、一応協力したんだし、その結果を聞くくらいいいよね?
「ツキ?」
悶々としていると、優しい声が響いた。
「あ、透……」
やっぱり顔をまっすぐに見られない。下唇の辺りで視線が止まってしまう。私はまだ3人でいたい。だけど、その選択は透を傷つけているんじゃないのかな。そう思うと申し訳ない気持ちが先に立ってしまう。
……なんて思っている時点で3人ではいられていないのかもしれないけど。
「馨と篠宮さんのことが気になる?」
透はストレートだ。爽やかな笑顔が若干憎らしくなる。
「まぁ、一応、相談みたいなことされた身としては」
歯切れの悪い言葉だ。自覚しているだけに、ますます透をまっすぐ見られない。
「馨も何も言わないけどね。まぁ言いづらいこともあるだろうさ」
「そう納得できるなんて、透は大人だね」
「そうでもないよ」
さらりと言われた言葉は優しい。透は花火大会の前と後で態度が変わらない。あの時の言葉は気にしない方がいいのかな。幼馴染みとして捉えておけばいいのかな。
透のこと。
馨のこと。
篠宮さんのこと。
ぐるぐるしてよく分からなくなってきた。
「透は馨が2回戦に進出したら応援にいく?」
とりあえず目下の質問をした。意識して視線を上げていく。透の目は、やっぱり以前と変わらない。ただ少し困っているかもしれない。
「2回戦ってあるとしたら明日だよね?」
「うん、多分」
「うちのクラス、明日集まって文化祭の相談するんだよね」
「え、そうなの? クラスにサッカー部いないの?」
サッカー部ではなくても、この時期は夏の大会が色々とありそうなんだけどな。
「いや、うちのクラスにもいるよ。だから全員じゃないし、強制でもないんだけど、実行委員がいないのは、さすがにまずいから」
「まぁ、そうだよね」
だから、篠宮さんも曖昧に答えたのかな。本当は応援に行きたいけど行けないから? でも、そうなると2人は付き合っていることになるよね。彼女がいる人の応援に行くのってどうなのかな。
「ツキは応援に行くの?」
「え、どうしようかな……」
「ツキが応援に来たら、馨は喜ぶと思うよ」
現金なもので、じゃあ応援に行こう、とあっさり思い直していた。本人が喜ぶならいいよね? 篠宮さんは嫌かな……。うーん。
「とりあえず、応援に行く方向で考える……かな」
前々から試合の応援に行くって言っていたしね。そう半ば無理やり納得させると、不思議と少しすっきりとした気もする。なんなんだろう。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか?」
気持ちを切り替えるように明るく言うと、ぐいっと左手を握られて引っ張られた。一気に透との距離が縮まる。見上げると顔が近い。なのに、更に顔が近づく。
「今日も手を繋ぐ?」
何でもない言葉。だけど、かっと体が熱くなるのが分かった。
「だ、大丈夫だよ。帰り道で迷子になったりしないから!」
慌てて手を振りほどく。抵抗はなかった。透の笑顔はただ優しく、そう優しかった。
おかしい。何でこんなことで鼓動がうるさくなるの。絶対おかしい。
急ぎ足で歩く私の後を軽快な足音が追いかけてくる。隣に並ぶのがほっとするようで、怖くもある。今熱いのは、夏だから、暑いだけだ。




