4
透は何故平然としていられるのだろう。もしかしたら周りのことが見えていないのかな? いや、そんなことはないはず。現に今もクラスの友達らしき人と話している。会った時は離れるべきと思うのに、手を掴まれたままだ。相手も男女混合のグループみたいだし、察して欲しい、さっきまでは馨も篠宮さんも一緒だったんだよ。
でも、ちらちらと手に注がれる視線が痛い。
「透って彼女いたんだな」
ついに我慢しきれなくなったらしく、確認の質問が飛んだ。しかし透はあっさり否定した。
「いや、この子は幼馴染みだよ」
「そう、か?」
相手も反応に困っている。そりゃそうだろう、こんなにがっちりホールドされているのに、幼馴染みと言われても信憑性はゼロだろう。私だってこんな場面に遭遇したら、本当は付き合っているんだろうな、って邪推する。
結局、不可解な空気を残したまま、私たちは彼らと別れた。
「2学期になって変な噂が流れていても知らないよ?」
一応、釘を刺すつもりで言った。だけど、透は気にとめた様子もない。
「変な噂って?」
「いや、だから、透が彼女と一緒だったとかさ」
「本当に彼女だといいんだけどね」
これは私が彼女だと嬉しいということ? それとも彼女と呼べる人と花火大会に来たかったということ? どちらの意味にも取れそうで判断に困る。透は今まで特に彼女が欲しそうには見えなかったけど、特に女嫌いとかそういうことはないはずだし。
困惑していると、苦笑が聞こえた。
「そんな悩まれると地味に傷つくなぁ」
透の口調は軽い。でも芯の部分まで軽いのかは分からない。
「悩むっていうか……迷惑をかけたくないというか……」
私の視線は下がっていき、やがて右手を捉える。透の手は大きい。男性の手だ。
「ツキのことで迷惑に思ったことは、1度もないよ」
さらりと言ってのける透。それは勘違いしてしまいそうなほどに優しい声色だった。
突然、透の足が止まる。思わず透の背中にぶつかりそうになった。振り返った透の表情は、いつもと変わらない。穏やかで、安心できる。だのに、覗きこむように屈んで合わせられた視線には、身長の差を意識させられた。
一瞬、周りのざわめきが遠のいた気がした。
「もう少し見て回ってから行く?」
「……別にいいけど」
本当は早く馨たちと合流するべきだと思う。篠宮さんのことを考えれば、それも微妙な気はするけど、周りに変に誤解されてしまうのは、透にとってあまり良いことではないはずだ。
だけど、どうしてかな。断っちゃいけない気がしたんだ。
透の笑顔はとても安堵した様子で、安心する一方で、ざわめくものも感じた。
「じゃあ、まずはあれしよう!」
指し示された方を見ると、射的屋があった。そういや、透と馨は毎年やっていたっけ。特に何が欲しいって訳でもなさそうだったけど。
「前から気になっていたけど、何でそんなに射的が好きなの?」
「わくわくするからかなー」
「狩猟本能に火がつくとか?」
「本能って……。面白いこと言うね」
透は楽しそうだ。だけど、すっと目を細める。
「馨がいない所でやるのも少し気が引けるけど」
喧騒の中に消えてしまいそうなほどの小さな声。だけど、確かに聞こえた。馨と何か競っているのかな。思い返しても思い当たる所はなくて、首を傾げる。
「ツキ、何か欲しいものはある?」
透が無邪気な笑顔を見せる。私はざっと視線を巡らす。お菓子やキャラクターものの置き物やよく分からない箱が目につく。対象年齢で言えば、小学生くらいがメインな気がする。
「じゃあ、うさぎのぬいぐるみで」
私は無難なものを選んでいた。特別ぬいぐるみが好きという訳じゃない。ただ部屋にあっても困らないだろうと思っただけだ。だけど、透は嬉しそうに笑みを洩らす。
そしてお金を払って銃を構えた透の横顔は真剣だった。こんなにも熱い視線を誰かに向ける日が透にも来るのだろうか。そう考えると、胸の辺りがちくりと痛んだ。ただの幼馴染みのはずなんだけどな……。
透の撃った1発目はうさぎの右耳に当たったものの、倒すまではいかなかった。
まぁ、結構しっかりしている感じだし、難しいよね。なんて思っていたら、2発目、3発目と同じ箇所に当てていて、うさぎは敢え無くぱたりと後ろに倒れていた。
え、全弾、同じ所? うさぎが倒れたことよりも、その正確な射的に驚いてしまう。
「はい、うさぎ、どうぞ」
透は何でもないことのようにぬいぐるみを手渡してくる。
「透、射的、上手いんだね」
「伊達に毎年やってないよ」
少し誇らしさが混じっているようで微笑ましい気持ちになる。透も何だかんだでまだ子供っぽい所もあるのかもしれない。
「ありがとう」
受け取ったうさぎは明るいライトの下では気付かなかったけど、八の字の眉毛があって困り顔をしていた。
「他は何を見る?」
無邪気な問いかけに笑顔で思案する。花火の時間まではまだ少し余裕がある。それまで篠宮さんのためにも、ゆっくりしていいよね? 馨は怒るかな……。
ほんの少しの罪悪感を覚えながらも、結局、私は透と過ごす時間を楽しんでいた。気心の知れた透となら、今さら青のりがついたくらいで慌てることもない。いや、ここは女として慌てるべき?
そんな些細なことを考えている内に、透と2人きりの姿を誰かに見られてもいいか、と思うようになっていた。今までも勘違いされることはあったのだ。それでも幼馴染みでいられた。もちろん今までよりもっと幼馴染みアピールをした方がいいかもしれない。そうすれば透たちが後で誤解を解いて回るような苦労も少しは減るだろう。
大丈夫。
お祭りの雰囲気にあてられていた部分はあると思う。きっと大丈夫。何も根拠はないのに陽気に思っていた。
軽快な足取りが止まったのは、毎年花火を見ている場所に近づいた時だ。神社の裏手から回ったそこは、少し足場は悪いけど開けた場所になっていて、花火を見る穴場スポットとなっている。幼い頃、この周辺を遊び場の1つにしていた私たちの隠れ家みたいなもので、毎年誰に邪魔されることもなく3人で花火を見ていた。
だけど、鈴を転がしたような可愛らしい声が響いた。もちろん私じゃない。
「好きなの。……水野、馨くんのことが」
それは紛れもなく告白だった。恥ずかしそうに馨の名前を言う篠宮さん。恋する女の子だった。
今年は篠宮さんも一緒に花火を見る。篠宮さんは馨のことが好き。
分かっていたことなのに。私が誘ったようなものなのに。それなのに、どうしてかな。鼓動が早鐘を打つようで、痛い。篠宮さんの視線の先にいる馨の姿を直視できない。
不意に右肩にぬくもりを感じる。透の手だ。見上げた透の顔は、戸惑いを滲ませていた。
気付けば、私の足は動きだしていた。馨と篠宮さんの姿を背にして。音を立てちゃいけない、と変に冷静に考える自分が滑稽だった。
じわりと夏の汗が背を伝った。




