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月と太陽と  作者: くさき いつき
第5章 花火
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3

 神社の辺りは人で溢れ、普段の閑散とした様子が嘘みたいだ。赤い提灯と豆電球できらきらと明るく、人々の間からは香ばしい焼きそばの匂いや甘いりんご飴の香りが流れてくる。


「今年も賑わっているね」


 思わず溜め息を漏らしてしまう。迷子にならないように気をつけなければ。参道は1本道のはずなのに、複雑怪奇な迷路みたいに見える。


「手、繋いでおく?」


 私の心中を察してか、透が笑顔で手を差し出してくる。


「大丈夫! 子供じゃないんだから!」


 つい最近も手を繋いだ気もするけど。今は篠宮さんもいるんだし、何だか気恥ずかしい。なんて思ったら篠宮さんがにっこり微笑んだ。


「2人は仲が良いのね」


「まぁ幼馴染みだからね。それに毎年1回ははぐれるから」


「ちょっ! 迷子の常連みたいな言い方やめて!」


 透の悪意の欠片もない様子が、かえって真実味を増させている気がする! 確かに毎年何かしらの理由で探してもらっている気もするけども。去年は……金魚すくいに夢中になっている内に見失った気がする。だって、後少しで出目金を掬える所だったんだよ?


「まぁ人多いから気をつけてね」


 透はあくまでも優しい声をする。だのに、ざわりと心の奥にさざ波を感じるのはどうしてだろう。その手に触れたら分かるのかな。

 ふと人影が動いたな、と思ったら、焼きそばの屋台の方へ行く馨の背中があった。アッシュブラウンの髪が屋台の提灯の明かりに照らされ、一際綺麗に見えた。その後をそそくさとついていく篠宮さんの姿が健気だ。微笑ましくいじらしく思う反面、何だかしっくりとこない気もした。

 ……馨が元気ないように見える?

 今日は口数が少ないように感じる。試合前の部活が厳しくて疲れているのかな。でも、いつもはどんなに厳しくても楽しそうにしていて、疲れている様子はなかった。部活以外のことで言えば、篠宮さんのこと? 2人が一緒にいるのはあまり見たことがないけど、それでも、妙な空気を感じることはあった。篠宮さんの視線の意味って……。


「ツキも何か食べる?」


 何かが分かりそうになった所で、透に声をかけられた。私も焼きそば、と言いかけてやめた。篠宮さんとしては、できるだけ馨と2人きりになりたいのかもしれない。


「綿あめ、食べたいかな?」


 焼きそばとは通路を挟んだ向かいにある綿あめの屋台を指差した。


「何で疑問形?」


 くすりと笑いながらも、透は自然と私の手を引いていた。透の手のひらは少し汗ばんでいたけど、優しかった。結局、手を繋がれている現状に苦笑しつつも、無理に振りほどこうとは思えなかった。

 綿あめは気をつけないと、すぐに手や口の周りがべたべたになる。焼きそばやたこ焼きは青のりが歯についていないか気になるし、かき氷やりんご飴は舌の色が大変なことになる。お祭りは気になる人と出かける場所としては、地味にハードル高いんじゃないのかな。篠宮さんはどう回避しているんだろう? 焼きそばの屋台を見てみたけど、篠宮さんも馨もいなかった。


「あれ?」


「2人ともいないね」


 隣を見ると、透は少し困ったように頬をかいていた。どうする? と目線で問いかけると、透は1つ頷いた。


「花火見る場所はいつもと一緒だろうし、とりあえずそこに行こう」


「探さないの?」


「この人混みじゃあね」


 言われて改めて見回してみるけど、見慣れた顔はない。篠宮さんに至っては、人の肩とか頭とかに隠れてしまいそうだ。すぐに見つけるのは困難だろう。なら、花火を見る場所に移動しておいた方が無難かな。特に集合場所として決めていたわけではないけれど。

 再び差し出された透の手を、私はそっと握っていた。

 そこで、はた、と気付いた。今の所は見知った顔には会っていない。だけど、花火大会ともなれば、遭遇率はかなり高いはずだ。しかも相手が女子となれば……今の状況はまずくない?

 さっきまでは4人だったし、特に気にも留めていなかった。しかし今はどう見ても2人。またあらぬ誤解や噂が広まってしまうかもしれない。そしたら透は私に気付かれないように、幼馴染みだから、と訂正して回ることになるのだろうか……。

 それは申し訳なく、そして何となく寂しいことのように思えた。

 透や馨からしてみれば、私は頼りないのかもしれない。だけど、2人の根回しを知ってしまった以上、今までのように優しくされているだけでは駄目だ。私もわざわざ2人の迷惑になるようなことはしたくない。


「透、大丈夫だから」


 それだけ言って、透から手を離そうとしたら、思いのほか強い力で握り直された。


「今年も迷子になるの?」


「でも、誰かに見られたら……」


「大丈夫だよ」


 何が大丈夫なのだろう。私が首を傾げると、透は苦笑した。


「俺じゃ、やっぱり頼りにならないかな?」


 やっぱり……? むしろ頼りにならないのは私の方だと思うけど……?


「いや、そういうことじゃないけど」


「じゃあ、いいじゃない」


 言うと、強い力のまま透は歩きだした。私は慌てて足を動かす。半歩後ろから見る透の背中は、どこか哀愁めいたものを感じさせる。強引のようで、怯えているようにも見える。

 何か傷つけたのだろうか。

 喧騒にまぎれるように、顔を俯かせる。だけど、私はもう手を離せなかった。


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