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月と太陽と  作者: くさき いつき
第5章 花火
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 リビングに行くと、浴衣が用意してあった。紺の木綿地に菖蒲があしらわれており、落ち着いた雰囲気がある。でも、私はこれを買った覚えがなかった。


「今日、花火大会行くんでしょ?」


「うん、そうだけど……」


 明るく声を弾ませている和恵おばちゃんに、視線で問う。すぐに合点がいったらしく、笑みを漏らした。


「ああ、この浴衣はね、昔姉さんが着ていたものなのよ」


「そうなの?」


「ええ。陽菜ももう着られる歳だから、って朝用意して行ったわよ。去年着ていたのは中学の時に買ったものでしょう?」


「うん、そうだね」


 頷いて改めて浴衣を見る。確かに去年まで着ていた浴衣は、ピンクの色が強すぎて、今着ると子供っぽく見えたかもしれない。何より、お母さんがちゃんと花火大会のことを把握して、予め用意しておいてくれたことが嬉しい。

 だけど、果たして似合うのだろうか……。あまりに落ち着いた色合いに、ちょっと心配になる。


「着付け、してあげようか」


「うん、でも大丈夫かな?」


「あら、毎年着付けしてあげているじゃない。大丈夫よ」


 そういうことではないんだけど、と思ったけど、少なくとも和恵おばちゃんからすれば、この浴衣でも違和感ないらしい。この浴衣を着ている自分を想像したら、ちょっと高揚するものがあった。

 せっかく用意してくれたお母さんの為にも、私はこの浴衣を着ていくことにした。


「じゃあ、まずは髪の毛をまとめていらっしゃい」


「うん、分かった」


 頷いたものの、そんな凝った髪型ができる訳じゃない。自室の鏡と向き合った私は、少し迷った。無難にお団子にしようかと思ったけど……。せっかく去年までと違う浴衣だし、髪型も変えたい。

 こないだ買った雑誌にも浴衣の特集があった気がする……。思い出した私は雑誌を引っ張り出すと、出来る限り落ち着いた雰囲気になる髪型を探して、真似してみることにした。

 サイドアップをちょっとアレンジして、ゆるふわになるように髪をまとめていく。雑誌を参考にしたとはいえ、我ながら上出来な気がする。蝶を象った髪飾りも、いつもと違って新鮮に見える、気がする。

 ついでにメイクも薄くしておく。あまり派手にしても浴衣と合わないし、そもそも一緒に行くのは透と馨、それから篠宮さんなのだ。お母さんの用意してくれた浴衣に気分が上がって、すっかり忘れていたけど、一応篠宮さんの恋を応援する立場なんだよねぇ。下手に気合いを入れて、篠宮さんに誤解されても困る。

 首から上の準備を終えてリビングに戻ると、和恵おばちゃんはにやりと笑った。


「上手にまとめたじゃない」


「そうかな?」


 実際はもうちょっと髪の長さがあった方が映えたと思う。でも、これから着付けをすることを考えればちょうど良い長さなのかもしれない。


「じゃあ、さっそくしましょ」


 姿見の前に立たされた私は、和恵おばちゃんの手によって、首から下も姿を変えていく。お母さんが着ていたものだから、割と年季のあるものだと思うけど、そういったことを感じさせない。大事にしていたものなのだろうと分かる。肌に触れる木綿地が優しかった。

 もしかしたら、この浴衣にもお母さんとお父さんの思い出があるのかもしれない。確証は何もないけど、直感めいたものがあった。


「和恵おばちゃんには、毎年、着付けしてもらっているね」


 両親の思い出があるかもしれない浴衣を叔母に着付けしてもらう。ちょっと歪かもしれないけど、ちゃんと家族に大切にされているのだと感じる。


「そうだねぇ。姉さんは毎年、この時期も忙しいからねぇ」


 鏡越しに見た和恵おばちゃんの顔は真剣そのものだ。慣れた手つきで腰紐を結ぶと、丁寧に浴衣全体の形を整えていく。私も着付けの仕方くらい覚えた方が良いのかもしれない。


「あ、でも私、小さい頃、熱出して花火見られなかったことあったよね」


 ふとこないだ見た夢を思い出す。結局、あの時、隣にいてくれたのが透なのか馨なのか思い出せないのだけど……。


「そんなこともあったねぇ。そういや、その頃着ていたのもピンクの浴衣だったわ」


 毎年着付けしてもらっているだけに、和恵おばちゃんも覚えていたらしい。今年は今までと比べるとかなり落ち着いた雰囲気の浴衣だ。透と馨もびっくりするかもしれない。驚いた顔を想像したら、ちょっと楽しい気分になった。


「あぁ、でも花火大会行けなかった割に、次の日の陽菜、嬉しそうだったのよね」


「嬉しそうだった?」


 熱のせいもあってか、あの時の花火大会前後のことはよく思い出せない。首を傾げると、和恵おばちゃんはおかしそうな顔をした。


「覚えてないの?」


「うん、小さい頃のことだし、熱もあったし」


「あらあら」


 何がツボに入ったのか、和恵おばちゃんはくすくすと笑い続けている。問いただそうとしたら、ぐっと帯を締められて、ちょっと息がつまった。


「あ、苦しかった?」


「だ、大丈夫……」


 そのまま何となく話を蒸し返す気力もなくなってしまった。

 窓の外から、賑やかな親子連れの声が聞こえる。もうすぐ花火大会が始まるのだ、と、ふと当たり前のことを思った。


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