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月と太陽と  作者: くさき いつき
第4章 羨望
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3

 アイスティーがすっと喉を潤す。程よく効いた冷房と相まって、今が夏だということを一瞬忘れる。窓の外は陽炎がゆらめき、蝉の合唱が響き渡る、紛れもない真夏だけど。


「生き返るわねー」


 私の気持ちを代弁するかのように、有美がレモンティー片手に言う。

 文化祭に向けての実地調査と称して、喫茶店に繰り出している。と言ってもメイド喫茶なんて近くにないから、ごく普通の喫茶店だ。そもそもメイド喫茶って本当にあるのかな……。都市伝説の類のような気がしてならない。

 ちなみに外村くんは、今日は塾のために不参加だ。映画研究部とやらの活動もあるらしく、意外と忙しいみたいだ。その分、資料を探しておいてくれると言っていたけど……。


「しっかし、こうして見ると文化祭で喫茶店っていうのも大変そうだよねぇ」


「まぁね。ケーキとお茶の種類とか内装のこと考えるとね」


 あ、このティラミス美味しい。でも、自分たちでは到底作れそうにない……なんて考えてしまって、いまいち喫茶店を楽しめない。


「しかも衣装がメイドとなると、エプロンだけで誤魔化せないし」


「確かに」


 有美の指摘が1番頭を悩ませている。手芸部や裁縫の得意な子は何人かいるけど、誰もメイド服なんて作ったことないし。


「やっぱ実物を1度は見るべきか……」


 どこに行けばいいんだろう? 東京かな?


「実物って言ってもねぇ」


 モンブランを咀嚼しつつ首を傾げていた有美が、不意に目を見開いた。


「あ、そういえばさ、馨くんが参考にした漫画は? メイド服も載っているんじゃないの?」


「うーん、そうだね。また聞いてみるよ」


 漫画から衣装デザインをおこすなんてできるのか分からないけど、参考にはなるかもしれない。変なデザインではないことを祈ろう。


 馨は今日もサッカー部の練習って言っていたな。8月に入って選手権の地区予選が近づいて、ますます気合いが入っている。1回戦は生憎、文化祭実行委員会の日程と重なっていて応援には行くことができない。2回戦には応援に行けると思うので、是非勝ち進んで欲しいと思っているけど……。

 篠宮さんも応援に来るのかな?

 最初は透を見ていたと思った視線。だけど、前回の委員会でどうも違うらしいと感じた。自意識過剰でなければ私を見ている気がするのだ。委員会の間中、じりじりと首筋の辺りが痛かった。

 とはいえ篠宮さんと特に何かあった訳じゃない。7月の練習試合のことを考えると、馨絡みで何かあったのかとは思うのだけど、その何かが分からない。

 私と馨は所詮ただの幼馴染み。秘密の1つや2つはある……と思う。


「陽菜、どうかした?」


「いや、馨は今日も練習で忙しそうだったなぁ、と考えていただけ」


「本当にそれだけぇ?」


 じっとりと見つめてくる有美の視線。蛇に睨まれた蛙ではないけど、何となく逆らいがたいものがある。私は少し声のトーンを落とした。


「あのさ、最近別のクラスの女子の視線をすごく感じるんだけど、どうしたらいいかな?」


「男子じゃなくて女子?」


「うん、女子」


 有美は思案するように瞼を閉じたかと思うと、突然私の両手を握りしめた。


「陽菜、あんたが百合の道を突き進んだとしても私たちの友情は変わらないからね!」


「そういう話じゃないから!」


「つまらん」


 私の手を離すと、有美は舌打ちした。……え、つまらんってどういうこと?


「でも、まぁ、陽菜に視線を送る女子がいたとしたら十中八九、水野兄弟絡みじゃない?」


 レモンティーを飲みつつ、有美は言い放った。


「やっぱりそうなのかな?」


「今までもいたじゃない? 陽菜がどっちかと付き合っていると思って迫ってくる女子」


 大抵は3人の仲はどうなの? と興味本位で聞いてくる感じだったけど、中には本気で疑っている子もいて、納得してもらうのに骨が折れることもあった。それでも気づけば問い詰められなくなっていたので、理解はしてもらっていると思うのだけど、私たちの関係がただの幼馴染みだといまいち周知されないのは何故だろう。

 恋する女の子は怖いとつくづく思う。

 篠宮さんも、そんな恋する女の子なんだろうか。


「どうしても気になるなら本人に聞くしかないよ」


「そうだよね。今度会ったら聞いてみる」


「返り討ちにあったら、骨は拾ってあげるからね!」


「不穏なこと言うな!」


 黒髪を乱しながら私に包丁を突き付ける篠宮さんを思わず想像したら、鳥肌がたった。ごめん、篠宮さん。

 一先ず、次の委員会の時にちゃんと聞いてみよう。答えてくれるかは分からないけど。

 そして、文化祭のイメージは結局固まらず、有美とただお茶を飲んだだけになってしまった。今日は外村くんも欠席だったし、勝手に話を進めても仕方ない、と自分に言い訳した。

 明日から色々本気出す! と未だ熱気の溢れる窓の外を見て誓った。


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