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月と太陽と  作者: くさき いつき
第3章 応援
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5

 帰宅すると、和恵おばちゃんが迎えてくれた。


「今から仕事?」


 いつもより少し早い気がする。メイクも普段着に合わせたものに近い感じだ。


「違うわよ。友達と約束しているの」


「友達……」


 何だか違和感があった。今まで仕事場と家を行き来しているだけのような印象があったから。


「なぁに? 何か言いたそうじゃない? 私だって友達くらいいるわよ」


「いや、珍しいなって思っただけよ」


「まぁね。今まではなかなか休みも合わなかったしねー」


「今までは?」


「そ、相手の子が産休に入ったのよ。だから様子見がてらね」


 産休、という言葉が和恵おばちゃんの口調に反して、重く響いた。和恵おばちゃんだって本当はもう結婚して子供がいたっておかしくないんだ。もし私の面倒をみていなかったら……。

 不意に眉間に人差し指をグッとあてられる。


「しかめっ面なんかして何考えているのかな?」


「えっと……」


「言っとくけど、結婚してないのも子供いないのも陽菜のせいじゃないからね?」


 和恵おばちゃんにはやっぱり敵わない。私の考えていることなんて、何でもお見通しみたいだ。


「そうよ、周りに良い男がいないのがいけないのよ! 大体ねぇ」


 気づけば過去の男性遍歴の恨み事を語り出しているけど……。私は曖昧な笑顔を浮かべるしかなかった。


「まぁ、でも、友達には恵まれたと思うわ。陽菜も友達は大事にするのよ」


 一応笑顔で締めくくると、パンプスを軽快に響かせて出かけていった。颯爽とした後ろ姿は格好良く見えた。


「友達は大事に、か」


 小学生のクラス目標の定番のような言い回しに、思わず笑みが漏れた。

 次いで透と馨の顔が思い浮かんだ。

 ただの考え過ぎなのかもしれない。仮にお互いに彼氏彼女ができたとしても、今と何も変わらないのかもしれない。だけど、やっぱり考えてしまう。

 溜め息を1つこぼして靴を脱ぐと、ランチボックスの後片付けもそこそこに自分の部屋に入った。ベッドに寝転がると、陽の薫りがした。和恵おばちゃんがタオルケットを干していたのかな……。その姿を容易に想像できるくらいには母親していると思う。

 お弁当を作るためにいつもより早起きしたせいか、瞬きするごとに瞼が重くなってくる。このまま少しだけ寝ようかな……。

 意識を手放しかけた瞬間、甲高い音が部屋に響いて、一気に覚醒させられる。


「だれ……?」


 ベッド脇に置いた鞄から手探りで携帯電話を取り出す。画面を見ると、馨からメッセージが届いていた。


――スタメンに選ばれた!


 簡潔で短いのに、とても力強く文字が目に飛び込んできた。


――おめでとう! また応援に行くね。


 スタンプや絵文字ではなく、私も簡潔な文で返した。その方がかえって気持ちが伝わる気がしたから。


――おう。応援よろしく!


 1分と待たずに馨から返事が届いた。飾り気も何もないシンプルな文面だけど、馨が興奮している姿が目に浮かぶ。頬を微かに紅潮させ、瞳をきらきらと輝かせていることだろう。とても眩しい、今も昔も変わらない姿。それこそ馨がサッカーを始めた小学生の時からずっと。

 そう、ずっと隣で見てきた。馨も、もちろん透も。

 この事実は3人の関係がどう変わっても変わらないはずだ。外見も周囲も、これからどんどん変わっていくのだろう。だけど、変わらない気持ちもきっとある。信頼や絆とも言えるのかもしれない。

 信頼する透と馨が選んだ相手なら、私はきっと喜んで応援できる。


 気持ちに結論を出してしまえば、何も焦ることなんてない気がした。幼馴染みとして過ごしてきた時間を大切に思えば良いのだ。

 そもそも篠宮さんの気持ちも何も分からない内から何を1人で考え込んでいるんだろう。途端にとても小さな悩みに思えて、笑いがこみ上げてくる。


 にやけた気持ち悪い自分の顔を両手でぐっと引っ張って無理やり整えると、ふと過った。右手の小指に視線が落ちる。

 透と馨と出会ってまだ間もない頃、何か約束をしたはずなんだけど……。

 思い出そうとするも、10年以上前となると、モヤがかかったようではっきりとしない。こないだ見た夢でも約束の前に目覚めてしまった。3人の身長が同じくらいだった頃。まだちゃん付けで呼ばれていた頃。男子も女子もなかったような頃。

 3人の信頼と絆の為にも思い出さなきゃいけない気がするのに……。


 ぐるぐると取りとめもなく過去をひっくり返そうとしている内に、霧散したはずの眠気が私のまつ毛を引っ張りだしてくる。

 目をこするも些細な抵抗でしかなく、結局私は夢の世界に落ちていた。


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