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今まであまり考えないようにしてきたことがある。
透と馨に彼女ができること。
中学生になって周りの視線が気になり出した頃、よく3人の関係を問われた。幼馴染み以上でも以下でもない。その答えに尋ねてきた子は勘繰りながらも、どこか安心した表情を見せた。
いつか、近い将来、2人の隣に立つのは私じゃなくなるのかもしれない。
彼女たちの安堵を見るたびに不安になった。そして、自分にがっかりした。彼女でもないのに2人を独占したいと思っているのかと。2人が幸せになるかもしれないのに祝福できないのかと。
ぐっと抉られるような気持ち悪さがあった。だから、私は視線をそらした。
篠宮さんの本当の気持ちはまだ分からないけど、その時がきたら、今度こそ心から祝福ができるのかな。
幼馴染みって、どこまで許されるんだろう。
「ツキ?」
心配する声が聞こえて、私は慌てて笑顔をつくる。
「何?」
「いや、さっきから深刻そうな顔しているけど、何かあった?」
「何もないよ? 何言ってんの?」
明るく言ったはずなのに、透の長い人差し指がすっと私の眉間に触れる。
「しわ、できてるよ?」
まっすぐな気遣いが憎い。まるでとんでもない不義理を働いているような気分にさせる。だけど、どう言葉にしたら良いのか分からない。
不意に甲高い音がグラウンドに響いた。試合終了を告げるホイッスルだ。
「ほら、試合、終わったよ!」
透の指を払いのけるようにして立ちあがる。呆れたような微苦笑をしたものの、透は追及してはこなかった。私はまた視線をそらしてしまったのかな。
試合結果は1対0。
後半開始して間もなく、馨がアシストしたボールを、重田くんが上手くタイミングを合わせてヘディングした1点が、結局決勝点となったようだ。
お昼を挟んでミーティングをするらしく、一旦解散となると、馨が重田くんとともに駆けてきた。
「よぉ、ちゃんと試合見てたかー?」
「見てたよ、おめでとう」
馨の言葉に他意はないのだろうけど、少しどきりとした。前半はともかく後半の記憶は若干あやしい。
「スタメンには選ばれたの?」
透の意図せぬナイスアシストに安堵する。
「いや、まだだよ。この後のミーティングで決まる感じかな」
「ま、ゴール決めた俺は余裕だろうけどな」
「それ言うなら俺だって!」
軽口をたたきあう馨と重田くんの姿は微笑ましい。本当に2人ともスタメンに選ばれると良いと思う。
「じゃあ、そろそろお昼にする?」
頃合いを見計らって提案をする。
「俺の分もあるの?」
重田くんが軽い調子で尋ねてくる。私は笑顔で頷いた。
「いっぱい作ってきたから大丈夫だよ」
お箸も割り箸で用意してきたから問題ない。というか試合の応援に来た時は毎回一緒に食べているのに、律儀に聞いてくるので、少しおかしな気分になる。
話している間にも透と馨がさっさとシートを敷いて、ランチボックスを広げ出している。こういう息の合った連携を見ていると、双子なんだな、と改めて思う。
「おっ、美味そうじゃん」
馨が嬉しそうな声をあげる。視線の先を見ると、どうやら好物の唐揚げが入ってたいたことが、お気に召したようだ。
そして、丁寧に手を合わせて、
「いただきます」
と言ってくれるのが、何だか嬉しい。
「てか毎回思うけど、月島さんって料理得意だよな」
重田くんが感心した声を出す。美味しそうに頬が緩んでいる顔を見ると、安心する。
「まぁ、一応、家でも料理するからね」
和恵おばちゃんが手伝いに来てくれていると言っても、仕事もあるから毎回毎回全ての食事を用意できるわけじゃない。
「最初の頃はなかなか斬新な料理だったけどな」
「確かに……。ツキの味覚を2人で心配したこともあったね」
傍らで失礼なことを言われている気がする。酸っぱい玉子焼きはどうなのか、と今の自分なら思うので否定できない。
「2人には感謝してるよ。いつでも味見してくれて」
「人体実験の間違いじゃないのか」
「失礼ね!」
「そうだよ、馨。毒見って言うんだよ」
どっちもひどい。だけど、重田くんが愉快そうに笑うから、怒るタイミングを逃してしまった。
「やっぱお前ら仲良いよな」
「そうかな? 普通だと思うけど」
透はちゃんと美味しい玉子焼きを食べながら首を傾げる。
「いや、幼馴染みって言っても高校生にもなったら疎遠になると思うよ。俺も幼稚園の時の女子とか、もう全然交流ないもん」
「それはお前が嫌われてただけじゃね?」
「ひでぇな。おい」
馨の容赦ない突っ込みに重田くんはしょげた顔をしたけど、本気で落ち込んでいる訳ではないらしく、すぐに笑顔を見せた。
「でも、こんだけ仲良いのに三角関係になったりしないのも不思議だよな」
「何、有美みたいなこと言ってるの」
思わず苦笑してしまう。一方でひやりともした。篠宮さんの顔が過った。
「ねぇ、透のクラスって、今日文化祭の準備か何かあった?」
「別にないよ?」
話題が突然すぎたのか、透は答えながらも怪訝な顔をする。だけど、篠宮さんを見かけたことは何だか言いだせなかった。
「ないなら、別にいいの。馨と重田くんは夏休みはやっぱりサッカー一色なの?」
「まぁ部活はほぼ毎日あるだろうしな」
「そっか、じゃあ2人に文化祭の準備の手伝いを頼むのは難しいよね」
話題の繋げ方が無理やりすぎたかな、と思ったけど、答えた馨は特に気にするふうもなくおにぎりを頬張っている。
「そういえば結局うちって何するの?」
「あ、メイド喫茶だよ。次のHRで詳しいことを決めることになると思うけど」
「そっか、良かったな、馨!」
バン! と重田くんが勢いよく馨の背中を叩いた。突然のことに馨はむせてしまった。慌てて麦茶をあおった馨は半目でにらむように重田くんを見る。
「お前はもうちょっと力の加減を覚えろよ……」
「わりぃわりぃ」
全く悪びれる様子のない姿は、一層清々しい気がする。
「何はともあれ無事に決まって良かったね」
メイド喫茶で本当に良かったのか一抹の不安はまだあるけど、透の邪気の無い顔には、頷くより他ない。
「まぁ、頑張ってみるよ」
「うん、無理しない程度にね」
不意に透の手が私の頭に触れる。あまりに自然だったから、撫でてくれている、と気付くのに一瞬遅れた。
「透は大げさだなぁ」
曖昧に笑うと、透の手はそっと離れた。その瞬間に、透の手のひらの大きさは子供の頃と違うんだよね、と今さらのように気づかされる。
「お前ら、本当になんで三角関係とかになんねぇんだよ」
不可解そうに眉をひそめる重田くんに、私は何とも言えなかった。ちらりと馨の方を見ると、何個目かになる唐揚げを口に入れる所だった。
麦茶を飲むと、体の熱がすっと流れていく気がする。私は目を伏せた。