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試合は、前半を終えてなお、膠着状態が続いている。
どちらのチームも積極的に攻めてはいるものの、決定打にかける様子で0対0のままだ。でも相手チームが若干、優勢にも見える。ロスタイムに入った際に、相手チームが放ったシュートにはひやりとした。幸い、ゴールポストに弾かれたけど……。
「苦戦、してるのかな……」
思わずこぼれた言葉に、透がちらりと視線を向ける。
「まぁ、相手校の方がサッカーレベルは上みたいだからね」
「そうなの?」
「うん、馨が昨日言ってた。だからこそ勝ちたいみたいだけど」
「そうなんだ。勝てるといいな」
そして、馨がスタメンに選ばれたら嬉しいんだけどな。
ベンチに集まっている馨たちの表情は、遠目にも真剣だと分かる。こめかみを伝う汗を拭う馨は疲労を滲ませながらも、闘志は衰えていないようだった。
何もできないけど、応援だけは精一杯しよう。なんて思っていたら私まで緊張してきてしまった。
「ねぇ、透。まだ後半まで時間あるよね?」
「うん、大丈夫だと思うよ」
腕時計を見ながら答えてくれる。透の声は落ち着いているけど、瞳にはわずかに不安が揺れているような気がした。
「ちょっとこれ持ってて」
透にランチボックスを預けて、私は立ち上がった。
「どっか行くの?」
「うん、ちょっと……」
「そう、行ってらっしゃい」
すぐに察したらしく、透は笑顔で見送ってくれる。デリカシーがあるんだかないんだか、よく分からない。ちょっと苦笑してしまう。
だけど、トイレに行く、という1言が言えないなんて、考えたら変な話だと思う。
いつから言えなくなったんだろう……。
同じ幼馴染みでも男同士、女同士だったら違ったのかな。少し想像してみようとしたけど、今とは違う3人というのはどうにもしっくりこなくて、上手くできなかった。
結局、グラウンドのトイレを後にする頃には、もしもの話をいくら考えても仕方ない、と流していた。
あれ、あそこにいる人って……。
透の所に戻る途中で見知った顔があった。この炎天下にも関わらず涼しげな様子で、美しい黒髪をなびかせている。だけど、どこか憂いを感じさせる横顔だった。
「……篠宮さん?」
一瞬、声をかけるべきか迷ったけど、結局話しかけていた。
「……月島さん、よね」
「うん、どうしたの? 休みに学校なんて。文化祭の準備?」
きっちりと制服を着た篠宮さんを見ると、もう月曜日が来たのかと思ってしまう。
「まぁ、そんなところよ」
あまりに綺麗な笑顔で、見惚れそうになる。だから、もう1人の文化祭実行委員である透は今日準備があるなんて言ってない、と気付いた時には、もう確認し直すタイミングを逃していた。
それと同時に篠宮さんの視線の先に気付いた。
「篠宮さんも馨たちの練習試合、見て行く?」
「練習試合?」
「うん、今、他校との試合してるんだよ。前半が終わった所で……」
話の途中で思わず言葉を止めてしまった。篠宮さんの目は確かに私の方を向いているのに、視線が合っていないような、妙な違和感を覚えてしまったから。
「私は遠慮しとくわ」
またね、とも、バイバイ、とも言う暇もない内に篠宮さんは背を向けて歩き出してしまった。何か気に障ることを言っちゃったのかな……。篠宮さんとの会話を反芻してみたけど、皆目見当がつかなかった。
追いかけて謝るべき? でも理由も分からないのに謝るのも意味がないような……。
逡巡していると、ざわめきが耳に届いて、後半が始まったことに気付く。慌てて透の所に行こうとしたけど、ふと気になって篠宮さんの立っていた場所からグラウンドを見てみた。
馨たちがいたベンチがよく見えた。
この前の文化祭実行委員会の帰りの時の馨と篠宮さんの様子を不意に思い出す。喉元まで気持ちが来ているのに、上手く言葉にできそうになかった。ひやりとした汗が背中を伝うのを感じる。
深呼吸を1度すると、私は透のもとに駆けて行った。